三好達治bot(全文)

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2018-01-01から1年間の記事一覧

「詩碑」

萩原さんの詩碑が、先日前橋市敷島公園に出來上つたので、その除幕式に參會した。近頃は方々にこの種の詩碑歌碑句碑が建設される。いさゝか流行の體で、少し煩はしいくらゐにも思はれるが、すぐとさう考へるのはどうやら中正を得ないやうにも感じられる。こ…

「公園」『測量船拾遺』

私は公園が欲しい。 仄かな草の匂ひやしめやかな木立の薫りや眼には見えない虫の気配のある中を靜かに樹蔭を步いてゆくと時どきあちらにもこちらにも噴水が見えて、この人工の小自然は疲れて怡しさを喪つた人の心を絶えまなく水盤に落ちるそれの言葉で誘つて…

「太郎」『測量船拾遺』

「太郎さん舞鶴へは歸りたくないの?」「歸りたいだよ姉さん。病気が癒つたら僕は迎ひにきて貰ふんだ。内緒だけれどもね、僕はこの間葉書を出して置いたんだよ」と云つて太郎は飛白の膝で手の平を拭き拭きした。「誰にも云つてはいけない!」「云ひやしませ…

「暮春記」

1 去年の、ちやうど今頃のことである。 その頃私は信州のある山間で暮してゐた。私はそこで春を送り初夏を迎へた。病後の疎懶な生活が固癖になつて、たださへなまくらな私の心は、一寸制馭の法もない橫着なものになつてしまつた。それには私も、實は我れな…

「牛島の藤」

地名の糟壁(かすかべ)というのは、なんだか洒落(しゃれ)た字面(じづら)のようにわたしは考えていたところ、ちかごろはこれが春日部と改められたようである。前者には雅趣があり、後者はただの平凡と思うのは、わたしのつむじ曲がりであろうか。そうか…

「加佐里だより」『駱駝の瘤にまたがつて』

KOREAの綠の切手(白い翼と小さな地球なるほど航空便だから……消印は83・3・2)朝鮮慶尙南道晋陽郡井村面加佐里のさとの姜淑香そんな振出人から包みがとどいた 音書に曰く私は岐阜市の生れです十八まではそちらで育つた母の國は日本父の國はそちらで…

「霜の声」『駱駝の瘤にまたがつて』

冬の寒い夜ふけにあつて人はみなともし火を消して睡つてゐる起伏の多い丘や谷間環狀道󠄁路がガードをくぐる向ふの方毀れかかつた街燈や變に歪んだ病院の窓あるひは夜霧の中に瞬く航空燈臺――そちらの方角もやはりまつ暗な港の方ではそれでも何か機關の音が軋つ…

「狼」『駱駝の瘤にまたがつて』

ああこはかつた! 少女は私の膝に飛び込んできて、兩手でおほつた顏を私の膝にうづめながら、 ああこはかつた! とくりかへした。つめたいからだをこはばらせて、みなし子のやうな、瘦せた肩で息をしてゐる。私は父親のやうな氣持になつて、兩手を彼女の背中…

「係蹄」『駱駝の瘤にまたがつて』

あの砂山のかげから、靑い海と、鷗の群れを見たときに、人々から遠くはなれて、私がはじめてそこまで出かけていつた時に。 その時私の心は、最初の病氣に苦しんでゐた。海は靑く、太陽は高かつた。遠く故鄕を出て、私がそこではじめて見たものは何であつたか…

「沈黙」『駱駝の瘤にまたがつて』

おだまり! とフランシス・ジャムは、ある夜ふけ、唇に指をおいて、自分に命じた。ああこの日頃、またしても人々は、私の詩(うた)を否定する。彼らはそれを切りさいなむ。それらの勝手な組合せで、彼らは私を否定する。ああその批評で、彼らはつひに何人の…

「桐花 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

門を出て 門を出て數步の石に靑薄ひともと生ひぬこぞありしひともと薄常なきは人の世にこそ 春たけて 春たけて去りし海どり雪ふらばまた歸りこん濱松に波のうねうね虛しきか日は高しらす 蜑女の焚く 蜑女あまの焚く煙ひとすぢ彼方にもここにもたちて隣家に桐…

「村酒雑詠」『駱駝の瘤にまたがつて』

日もくれぬ 日も暮れぬ己し が盞をみたせただ餘はそらごとぞ己が詩うた をみづからうたへ月やがて松にかからん 盞は 盞はちひさけれどもただたのむ夕べの友ぞおほかたはひとをたばかる世にありてせんすべしらに 爐に臥して 爐に臥して憂ひをいだく肱枕さむき…

「急霰 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

霰うつ 霰うつ音ねにもねむるや山兎山鳩野雉のきじこの宿の主じはひとりやぶれたる夢をむすばず 沖ゆ來て 沖ゆ來て松に聲ありけたたまし軒を走りてつかのまやはらら聲たゆたま霰ゆくへをしらず わが庭の わが庭の石うつ霰松こえて海にはせいる日に三たび港に…

「残紅 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

殘紅 憂しといとひしすゑの世のちまたもけふはこひしけれ日すがら海のこゑすなる軒端にのこる花はまれ くつわ蟲 黍の穗たかく月いでて秋は越路のくつわむしくつは蟲とてましぐらに海になくこそあはれなれ 鉦たゝき すずしき鉦をとをばかりたたきてやみぬ鉦た…

「炉辺 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

くれなゐの くれなゐの花はみな散りよき友はみなはるかなり神無月しぐれふる月こぞの座にわれはまた坐す いとはやく いとはやくひと世はすぎぬ天命を知るはこれのみくさびらを林にとると腰たゆき時雨びとはや わがうたを わがうたをののしる人ものいふがまま…

「時雨 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

花木槿 人に面おもても見すまじきけふの心のかたくなをしかはあれどもよしとするゆふべはしろき花木槿はなはちす 村雨 こゑありて見れば村雨またありておつる日のかげ秋は巷もひそかにてただとほしつくつく法師 しぐれの雨も しぐれの雨もくれなゐに軒ばの花…