三好達治bot(全文)

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2017-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「静夜」『霾』

稀れには、實際稀れにはこんな靜かな日もある――。 空にはちようど頭上のあたりに、翳りを帶びた靑い星が二つ三つ、雲の斷え間に覗いてゐる、もちろん月はない。沖の方は大きな闇。いつものところにいつもの廻轉燈臺が遙かに點滅してゐるのが、かういふ時には…

「とある小徑」『霾』

そこには甍のゆるんだ低い築地がつづいてゐる。そのむかうに枝ぶりのいい柿の木が一本たつてゐる。それは晝すぎらしい時刻の、とある小徑のとある一劃である。――はてどこだつたかしら、どこだつただらう、とにかくこんなにはつきり記憶に殘つてゐるのが不思…

「故き胡弓」『測量船拾遺』

秋なりふるき胡弓を彈かましか 秋なり 秋なりいとちひさなる草の實も 日ねもす秋を飛びゆくかな 今し季節の船出する湊の鐘を聽けよかし 空に銅羅は叩かれて落ち葉は谿をわたりくる 秋なり 秋なりふるき胡弓を搔い鳴らせ 何の情緒かとどまらんあわただしくも…

「王に別るる伶人のうた」『測量船拾遺』

空に舞ひ舞ひのぼり噴水はなげきかなしみひとびとうなじたれ花をしくなり 哀傷の日なたに花はちり花はちり見たまへかし王がいでましのすがたなり 風に更紗のかけぎぬふかせゆるやかに象があゆめばみ座ゆれゆれ光り金銀の鈴がなるなり 象の鼻をりふしに空にあ…

「パン」『測量船』

パンをつれて、愛犬のパンザをつれて私は曇り日の海へ行く パン、脚の短い私のサンチョパンザよどうしたんだ、どうしてそんなに嚏くさめをするんだ パン、これが海だ海がお前に樂しいか、それとも情けないのか パン、海と私とは肖てゐるか肖てゐると思ふなら…

「峠」『測量船』

私は峠に坐つてゐた。 名もない小さなその峠はまつたく雜木と萱草の繁みに覆ひかくされてゐた。××ニ至ル二里半の道標も、やつと一本の煙草を喫ひをはつてから叢の中に見出されたほど。 私の目ざして行かうとする漁村の人々は、昔は每朝この峠を越えて魚を賣…

「落葉やんで」『測量船』

雌鷄が土を搔く、土を搔いては一步すさつて、ちよつと小頸を傾ける。時雨模樣に曇つた空へ、雄鷄が叫びをあげる。下女は庭の落葉を掃き集めて、白いエプロンの、よく働く下女だ、それに火を放つ。私の部屋は、廊下の前に藤棚があつて、晝も薄暗い。ときどき…

「海は今朝」『砂の砦』

海は今朝砂の上にきて笑ふ巖のはなから月の出にゆうべまた若い女が身を投げた海は今朝砂の上にきて笑ふひと晩暈(かさ)をきてござつたお月さまは西の空に無慈悲な海よ薄情者よけれどもやさしくなつかしい今朝の海よ姿のない木魂のやうな夏の日の通り魔よ紺…

「馬鹿の花」『砂の砦』

花の名を馬鹿の花よと童(わらは)べの問へばこたへし紫の花八月の火の砂に咲く馬鹿の花馬鹿の花三里濱三里の砂の丘つづきこの花咲きて海どりの白きむらがり古志(こし)の海日すがらここにとどろけり朱きふどしの蜑の子ら松の林にあらはれてわめきさざめき…

「春の日の感想」『砂の砦』

庭に出て樂々と膝をのばさう艸の上にでて疲れた脚をなげださうながいながい冬の日の後に來たこのゆるやかな感情この暖かい陽ざしこの新らしい季節の贈ものをからだいつぱいいそいでからだいつぱいにうけとらうさうしてこのうち烟つた野山の間にわれらの心を…

「宵宮」『砂の砦』

星が出た枯木の山のいただきに星が一つ今日はもうそこで終つた今日はもう小鳥のうたふ歌も終つた明日の新らしい太陽の外もう一度誰が彼らをうたはせよう彼らは谷間の藪にかへつた彼らはその塒にかへつた栗鼠や兎やももんがや夜出て働くものの外われらの仲間…

「砂の砦」『砂の砦』

私のうたは砂の砦だ海が來てやさしい波の一打ちでくづしてしまふ 私のうたは砂の砦だ海が來てやさしい波の一打ちでくづしてしまふ こりずまにそれでもまた私は築く私は築く私のうたは砂の砦だ 無限の海にむかつて築くこの砦は崩れ易いもとより崩れ易い砦だ …

「赤き落日にむかひて」『砂の砦』

赤き落日にむかひてわれは路なき砂をくだりひとり砂丘を越えてゆく遠き日ごろもかかりしに人の世のげにけながくも暮れてゆくかかる身空やよしや頰(ほ)の風にむかひて熱き日もいまははや泪おちず冬の日の雲は彼方にみな低く沈みあつまりこごりたり淡々し 消…

「竹の青さ」『砂の砦』

竹の靑さは身に透る竹の靑さよ骨にも透るああ竹竹靑く煙つた大竹藪に鳩が一羽舞ひたつた夢のやうに羽音もなく靑い煙にかすんで飛んだそのあとをまた一羽はたはたと斜に空へ拔け去つた日暮れどきの竹藪は靜かな海の底のやうだかうして私は爪先のぼりに丘の小…

「涙をぬぐつて働かう」『砂の砦』

——丙戊歲首に みんなで希望をとりもどして淚をぬぐつて働かう忘れがたい悲しみは忘れがたいままにしておかう苦しい心は苦しいままにけれどもその心を今日は一たび寛がうみんなで元氣をとりもどして淚をぬぐつて働かう 最も惡い運命の颱風の眼は過ぎ去つた最…

「氷の季節」『砂の砦』

今は苦しい時だ今はもつとも苦しい時だ長い激しい戰さのあとで四方の兵はみな敗れ家は燒け船は沈み山林も田野も蕪れてこの窮乏の時を迎へる七千萬のわれわれは一人一人に無量の悲痛を懷いてゐる怒りや失意や絕望やとりかへしのつかない悲しい別離や痛ましい…

「横笛」『故郷の花』

幼き子らが月日ごろなにの愁ひをくれなゐの唇(くち)もきよらにつれづれと吹きならひけんいまほのぐらきものかげのかばかり塵にうづもれてふしまろびたる橫笛昨日子らは晴衣きて南のかたに旅だちぬ――かくはえうなく忘られて朱(あけ)もふりたる歌口をあり…

「海辺暮唱」『故郷の花』

彼方に大いなる船見ゆ敵國の船見ゆいえいえあれは雲です彼方に靑き島見ゆ島二つ見ゆいえいえあれは雲です ひと日暮れんとして悲しみ疲れたるわれらが心の上にいま大いなる蓋(きぬがさ) 夕燒の空は赤く燃えてかかりたり深き憂愁と激しき勞役との一日(いち…

「帰らぬ日遠い昔」『故郷の花』

歸らぬ日遠い昔歸らぬ日遠い昔(聽くがいい そらまた夜の遠くで木深い遠くの方で鐘がなる)遠い昔だ何も彼も雁(がん)も鳩も木兎もみんな行方(ゆきがた)しれずだよあの子もどこでどうしたやらつり眼狐の晝行燈病身のいつも無口な子だつたが靑い顏していぢ…

「池のほとりに柿の木あり」『故郷の花』

池のほとりに柿の木あり幹かたむきて水ふりし堤のうへをゆきかよふ路もなつかし艸靑き小徑の彼方松高く築地は低き學び舍(や)にわれは年ごろ何ごとを學びたりけん今は記(おぼ)えずなべては時の死の箒(ははき)ははき消しゆくをちかたのあとなきにただそ…

「島崎藤村先生の新墓に詣づ」『故郷の花』

しづかなる秋の朝なり鵯どりら空によびかひ林より林にわたるしづかなる秋の朝なり百舌はまたさらに高音を張りて啼け世はひそかなりこよろぎの濱のおほ波ゆるやかにくづるるさへやここにして聽けばかそけしこの庭にいま陽ざしおつ斑々(はんはん)とかくはさ…

「さくらしま山」『故郷の花』

いるかとぶ春の海原しぐれふりやがてかくろふさくらしま山 九天ゆ直下す三機あなさやけさくらしま山雲のかげ見ゆ いくさある海のはてよりかへりこしいくさぶねはつさくらしま山 ○ ふたくさのこほろぎのこゑおこるなり庭の畑に日のてるしづか 海靑し小松林の…

「時雨の宿」『故郷の花』

かすかなるかすかなる聲はすぐはらはらと今ふりいでし雨の音ひそかに軒を走る夜時雨ふるかかる夜頃を音もひくく渡るは何の鳥ならんかすかなるかすかなる聲はすぐ 聲はかたみに呼びかはしちちとのみただひくくかすかにかたみにつまをたのむらんこたへかわして…

「出發」『駱駝の瘤にまたがつて』

まんとの袖をひるがへし、夕陽の赤い驛前をいそぐ時、海のやうに襲つてくる一つの感情は甘くして、またその潮水のやうに苦がい。人はみな己れの影をおふてゆく、このひからびた砂礫の上に、彼方に遠く疲れた雄鷄の鳴く日暮れ時、私の見るのは一つの印象、谿…

「涕涙行」『干戈永言』

……………………敵壘下咫尺の壕に肉薄し夜を徹したり拂曉に突撃せんとす……かかる時四もは寂寞星しげき阜(つかさ)のかげに君が書を讀む兵ありと君やよし詩人(うたびと)の想(そう)に富ますも得ておもひ知りたまふまじ君が書はわが行嚢(かうなう)に門出の日負…

「蒼穹賦」『干戈永言』

八月二十日敵機九州北邉を侵す、わが邀擊機中敵機と高空に相衝擊して玉碎するもの三、操縦者山田野邉高木みな紅顔の靑年のみ、感に耐へず一詩を賦す。 嗚呼父の國母の國わが大君のしろしめす日の本の空この大空に戰ひて死ぬをほまれと靑雲のたたなはる上日一…

「リラの花匂ふ朝鮮」『干戈永言』

リラの花匂ふ朝鮮ポプラの並木高くはるかに灰色の鶴黃昏の川水にたたずむ朝鮮白衣の人彼方を步み艸靑く古墳のつかさつかさを覆へる丘べ松の根方に黃なる牛繫ぎ放たれてわがゆく小徑をさまたげし旅の思出古陵癈寺斷礎龜跌城あとに蒲公英咲き鵲はきみしき電柱…

「窗下の海」『干戈永言』

一 北海波黑く冰霰屡到る客愁また暗澹として何事か呼ばんと欲し更にまた緘默す嗚呼人(ひと)生を必せず死を必するの時白鷗烈風に啼く人事他なしただ心機一瞬を尚ぶべし 二 心機ただ一瞬を尚ぶべしたまたま我は家鄕をすて北海の濱に流寓す骨枯れ肉はたゆけれ…

「まつ青な五月の空だ」『干戈永言』

まつ靑な五月の空だまつ靑な五月の海だ南へ南へ ぽつかり浮かんだ雲がいくつ しづかに南へ流れていくその下で海豚(いるか)のむれが踊つてゐる僕らはみんな砂濱にでて胸を張つて遠くを眺めた僕らは南の方の遠い水平線をみつめてゐた僕らはなにか大きな聲で…