三好達治bot(全文)

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2017-06-01から1ヶ月間の記事一覧

「喪服の蝶」『駱駝の瘤にまたがつて』

ただ一つ喪服の蝶が松の林をかけぬけてひらりと海へ出ていつた風の傾斜にさからつてつまづきながら よろけながら我らが酒に醉ふやうにまつ赤な雲に醉つ拂つておほかたきつとさうだらうずんずん沖へ出ていつた出ていつた 遠く 遠くまた高く 喪服の袖が見えず…

「ちつぽけな象がやつて来た」『駱駝の瘤にまたがつて』

颱風が來て水が出た日本東京に秋が來てちつぽけな象がやつて來た誕生二年六ケ月百貫でぶだが赤んぼだ 象は可愛い動物だ赤ん坊ならなほさらだ貨車の臥藁ねわらにねそべつてお薩さつやバナナをたべながら晝寢をしながらやつて來た ちつぽけな象がやつて来た牙…

「昼の夢」『駱駝の瘤にまたがつて』

住みなれし山にすまひしゆきなれし小徑みちをゆききききなれし㵎たにのせせらぎあぢあまきみづのみなもとくさをわけきりぎしをとびうなじふせつまとのむわきてこの八月のひるのすがしさふともわが思ふなりけり山ふかき林にすまふけだものののかかるあはれを…

「すずしき甕」『駱駝の瘤にまたがつて』

天澄み 地涸きものみな磊塊一つ一つに嘆息す土塁頽くづれ夷たひらぎ石みな天を仰げり寂たるかな三旬雨降らずされば羊も跪づきともしき夢を反芻す風塵しばらく小止み畑つものなほ廣葉圓まろ葉のさゆらぐを見るかかる時なお拮槹けつこうかしこに動き再び動きて…

「かなたの梢に――」『駱駝の瘤にまたがつて』

かなたの梢に憩ふものあり日は南 木は枯れて 空靑しまたこの冬のかばかりもさまかへし田のおもてものもなく人を見ず山低き野のすゑに憩ふものこころみになが指に數ふべし稚な兒よときの間のつれづれの汽車の窓よごれたる玻璃の陽ざしにさらばわれらがお指に…

「王孫不帰」『駱駝の瘤にまたがつて』

王孫遊兮不歸 春草綠兮萋萋 ――楚辭 かげろふもゆる砂の上に草履がぬいであつたとさ 海は日ごとに靑けれど家出息子の影もなし 國は亡びて山河の存する如く父母は在おはして待てど 住の江の 住の江の太郞冠者くわじゃこそ本意ほいなけれ 鷗は愁い鳶は啼き 若菜…

「さやうなら日本東京」『駱駝の瘤にまたがつて』

ぼつぼつ櫻もふくらんだ旅立たうわれらの仲間名にしおふ都どり追風だ 北をさせさやうなら吾妻橋言問 白鬚さやうなら日本東京さやうなら闇市さやうなら鳩の街新宿上野のお孃さん一萬人の靴磨きさやうなら日本東京さやうならカストリ屋臺さやうなら平澤畫伯………

「行人よ靴いだせ」『駱駝の瘤にまたがつて』

行人よ靴いだせ行人よ靴いだせ脂ぬり刷毛はかん泥ひぢはらひ釘うたん鋲うたん革うたん靴いだせ行人よ行人よ靴いだせ故鄕の柳水にうなだれ塵たかくジープは走れ掘割にゆく舟を見ず街衢みな平蕪ボイラー赤く錆び蛇管は草に渇きたりここにして筇つゑつき停たつ…

「いただきに煙をあげて」『駱駝の瘤にまたがつて』

いただきに煙をあげて――いただきに煙をあげて走つてくる大きな波ああこの沖の方から惡夢のやうに額をおしつけてくる獸ものたち起ち上り起ち上り 起ち上りまつ暗な重たい空の重壓から無限におしよせてくる意志 厖大な獸ものの頭蓋さうしてその碎け飛ぶ幻影ま…

「ここは東京」『駱駝の瘤にまたがつて』

私はあなたに敎へてあげたいここは東京 燒け野つ原のお濠端ですこんなに霧のかかつた夜ですが 女のひとよここは北京ではありません また巴里でもありませんあなたはどちらへゆかれるのでせうあなたは路にまよはれたのです私はあなたに敎へてあげたいあなたは…

「けれども情緒は」『駱駝の瘤にまたがつて』

けれども情󠄁緖は春のやうだ一人の老人がかう呟いた燒け野つ原の砌みぎりの上で孤獨な膝をだいてゐる一つの運命がさう呟いた妻もなく家庭もなく隣人もなく名譽も希望も職業も 歸るべき故鄕もなく貧しい襤褸らんるにつつまれて 語られ終つたわびしい一つの物語…

「なつかしい斜面」『駱駝の瘤にまたがつて』

なつかしい斜面だおれはこんな枯草の斜面にひとりで坐つてゐるのが好きだ電車の音を遠くききながらさみしいいぢけた冬の雲でも眺めてゐようああ遠くおれの運んできたいつさいのもの思ひ疲れたやくざなおれの希望なら そこらの枯草にはふり出してしまへかうし…

「遠くの方は海の空」『駱駝の瘤にまたがつて』

遠くの方は海の空そこらのつまらぬ水たまりで小僧が鮒など釣つてゐるさみしい退屈な奴らだよいつもこんなところの木かげにかくれて油を賣つてゐるのだよ崩れかかつた堤防がぼんやりあたりを霞ませてそこいらいちめんすくすくと蘆の角がのぞいてゐるくされた…

「晩夏」『駱駝の瘤にまたがつて』

ダーリアの垣根ではダーリアを見たまつ赤に燃えるダーリアの花また日まはりの垣根では日まはりを見た重たく眩ゆくきな臭い 中華民國の勳章だ熱くやきつく砂の上で あそこでおれはいつまでも遠くむかうの三里濱の方を眺めてゐたあとからあとからあとから沖の…

「旗」『駱駝の瘤にまたがつて』

だからあの夢のやうなまつ白な建築 遠く空に浮んだ無數の窓のうへにその尖塔のてつぺんにひるがへる旗を見よ高く高く細くまつすぐにささげられた旗竿のさきああそこにも一つの海を見る海のやうにひるがへる旗を見るああその氣流の流れるところに 波は無數に…

「薪を割る音」『砂の砦』

けふ 薪を割る音をきく彼方 遠き野ずゑのかた岡に日もすがら薪を割る音をきく丁東 東々松も柏も摧かるる音をきく春は來ぬものなべて墓場の如き沈默にねむりたる冬の日は去りしづかに春はめぐりくるけふその音のされどわが心には如何にうらがなしくもひびくか…

「我ら戦争に敗れたあとに」『故郷の花拾遺』

我ら戰爭に敗れたあとに一千萬人の赤んぼが生れた だから海はまつ靑で空はだからまつ靑だ 見たまへ血のやうなぽつちりと赤い太陽 骨甕へ骨甕へ 骨甕へ齡とつた二十世紀の半分は 何も彼もやり直しだと跛(びつこ)の蛼(こほろぎ)葉の落ちつくした森の奧 ま…

「荒天薄暮」『故郷の花』

天荒れて日暮れ沖に扁舟を見ず餘光散じ消えかの姿貧しき燈臺に淡紅の瞳かなしく點じたり晩鴉波にひくくみな聲なく飛びあわただしく羽(はね)うちいそぐさは何に逐はるるものぞ慘たる薄暮の遠景にされどなほ塒あるものは幸なるかな天また昏く雲また疾し彼方…

「なれは旅人」『故郷の花』

なれは旅人旅人よ樹かげにいこへこはこれなれが國ならず旅人よなべてのことをよそに見てつめたき石にもいこへかしまことになれが故鄕(ふるさと)はなほかなたに遠しはるかなるその村ざとにかへりつくまでは旅人よつつしみて言葉すくなく信(しん)なきもの…

「朝はゆめむ」『故郷の花』

ところもしらぬやまざとにひまもなくさくらのはなのちりいそぐをいろあはきさくらのはなのひまもなくななめにちるをあさはゆめむさくらのはなのただはらはらとちりいそぐをはらはらとはなはひそかにいきづきてかぜにみだれてながるるをやみてまたそのはなの…

「願はくば」『花筐』

願はくばわがおくつきに植ゑたまへ梨の木幾株(いくしゆ) 春はその白き花さき秋はその甘き實みのる 下かげに眠れる人のあはれなる命はとふな いつよりかわれがひと世の風流はこの木にまなぶ それさへや人につぐべきことわりのなきをあざみぞ いかばかりふか…

「身は老いて」『花筐』

身は老いて憂ひは深し 事しげく言はみじかし かくばかりながく忍びしこころをば誰に語らん 冬の夜の暗き巷をあてどなくさまよふのみぞ すべもなし今はせんなし わがふるき怒りは眼ざめあたらしき泪はながる すべもなき心のためにあがなひし水仙の花 外套の袖…

「人の世よりも」『花筺』

人の世よりもやや高き梢に咲ける桐の花そは誰人のうれひとやありとしもなき風にさへ散りてながるる散りてながるる桐の花藥の香ほどほろにがいほろにがい香に汗ばみてやがては土におとろふるあはれはふかい桐の花ああ桐の花なにか思ひにあまる花 そはこの花の…

「明日は死ぬ人のやうにも」『花筐』

明日は死ぬ人のやうにも思ひつめてわがゆきかよひし山路よ樫鳥一羽とぶでない深い空しい黃昏の溪間ああもうそこを樵夫も獵師も炭燒も今はかよふ時刻でない深い溪間その溪の向ふにのつてりと橫はる枯艸山その巓の枯れ枯れの雜木林雜木林に落ちかかる仄かに銳…

「明日は死ぬ人のやうにも」『花筐』

明日は死ぬ人のやうにも思ひつめてわがゆきかよひし山路よ樫鳥一羽とぶでない深い空しい黃昏の溪間ああもうそこを樵夫も獵師も炭燒も今はかよふ時刻でない深い溪間その溪の向ふにのつてりと橫はる枯艸山その巓の枯れ枯れの雜木林雜木林に落ちかかる仄かに銳…

「遠き山見ゆ」『花筐』

遠き山見ゆ遠き山見ゆほのかなる霞のうへにはるかにねむる遠き山遠き山山いま冬の日のあたたかきわれも山路を降りつつ見はるかすなりかのはるかなる靑き山山いづれの國の高山か麓は消えて高嶺のみ靑くけむれるかの山山彼方に遠き山は見ゆ彼方に遠き山は見ゆ…

「曲浦吟」『羈旅十歳』

鷄鳴のこゑはるかなるわがすまふ町はかなたに波の上に夜明けそめたり炊煙は白くたたずみ靑霞み木の間になびくをちかたは風起こるらしたまくしげ函嶺の山によべの雲やうやく動く勢ひのはやからんとすなか空にとぶ鷗どり川口にしら波たちて橋わたる三輪車見ゆ…

「浅春偶語」『一点鐘』

友よ われら二十年も詩うたを書いて已にわれらの生涯も こんなに年をとつてしまつた 友よ 詩のさかえぬ國にあつてわれらながく貧しい詩を書きつづけた 孤獨や失意や貧乏や 日々に消え去る空想やああながく われら二十年もそれをうたつた われらは辛抱づよか…

「南の海」『艸千里』

南の海のはなれ小島に色淡き梅花はや兩三枝開きそめたり まだ萠えぬ黃なる芝生に 古き椅子ありわれひとり腰をおろさん…… 遠くふくらみたる海原と空高く登りつめたる太陽と 土赭きひとすぢ路と彼方の村と われはこのかた岡に いま晝は色こまやかに描かれたる…

「十一月の視野に於て」『測量船』

倫理の矢に命あたつて殞ちる倫理の小禽。風景の上に忍耐されるそのフラット・スピン! 小禽は叫ぶ。否、否、否。私は、私から墮ちる血を私の血とは認めない。否! しかし、倫理の矢に命つて殞ちる倫理の小禽よ! ★ 雲は私に吿げる。――見よ! 見よ! 如何に私…