三好達治bot(全文)

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「公園」『測量船拾遺』

 私は公園が欲しい。
 仄かな草の匂ひやしめやかな木立の薫りや眼には見えない虫の気配のある中を靜かに樹蔭を步いてゆくと時どきあちらにもこちらにも噴水が見えて、この人工の小自然は疲れて怡しさを喪つた人の心を絶えまなく水盤に落ちるそれの言葉で誘つてゐる。
 噴水の方へ行かう。そこへ行つてごらん。そこであなたが最初に聞くのは空から身を投げて砕けて落ちてくる小さい透明な数のボールが金属や石や水の面にあとかたもなく消え入る合圖の言葉でせう。そして円周や弧線の上に續いてゐる絶えまもないそれらの瞬間の風に揺いでゐる帷のやうな中心にやがてあなたの落ちついた耳は颯々と迸りただ一すぢに疾走するその健気な意志のありかを聞きとらないでせうか? そしてまたそれの努力の頂点に華やかな円天井の頂きに代るがはる立ち現れては死んでゆく水の作つた小さなオレンヂのころころと閃めいて觸れあふ微かな響をも間もなくあなたの心は捕へたいと願ふでせう。
 噴水はいつもその日の言葉できまつて私らに空を敎へる。青く澄んだ空の高いところをハイカラな小ささに切れた雲がゆつくり安心して一つづつ一つづつ流れてゆく。靜かに私らの午後が消えてゆく。手をとりあつて幸福な散步に步調を合せてゆく人はやさしい眼つきでふと無關心に私を眺めてゆく。ここでは女の子も男の子のやうに活溌であり男の子も女の子のやうにしとやかでありもとより芝生に落ちる鳥影などには頓着なくまた私の顏は知つてゐても私の名前は知つてゐない。そして緑の中にシーソーや鞦韆の水色のペンキが新しい。
 林は私の廊下であり花壇は私の絨毯であり耳を澄ませば鳥の音や木の葉のそよぐむかふから遠い自動車も聞えてくる。そこで私は指を組むで誰にも秘密な私の追憶に耽るだらう。たとへ私の心になにか人知れぬ名譽があるやうでほろりとしてもいいえ私は悲しくない。
 私は公園が欲しい。私の親しみがたい部屋を逃れて私はそこで行衞の知れなくなつた父のことや死んだ妹のことや噓つきだつた私の恋人のことを忘れよう。過ぎ去つた日の記憶や生活の努力から遁れてひとりで私は午後の日影をうつらうつらと睡りに落ちよう。けれども人人は絶えず私の周囲を散步してゐて私は決して淋しくないだらう。

 

三好達治「公園」『測量船拾遺』(『全集1』所収)