三好達治bot(全文)

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2018-01-01から1ヶ月間の記事一覧

「加佐里だより」『駱駝の瘤にまたがつて』

KOREAの綠の切手(白い翼と小さな地球なるほど航空便だから……消印は83・3・2)朝鮮慶尙南道晋陽郡井村面加佐里のさとの姜淑香そんな振出人から包みがとどいた 音書に曰く私は岐阜市の生れです十八まではそちらで育つた母の國は日本父の國はそちらで…

「霜の声」『駱駝の瘤にまたがつて』

冬の寒い夜ふけにあつて人はみなともし火を消して睡つてゐる起伏の多い丘や谷間環狀道󠄁路がガードをくぐる向ふの方毀れかかつた街燈や變に歪んだ病院の窓あるひは夜霧の中に瞬く航空燈臺――そちらの方角もやはりまつ暗な港の方ではそれでも何か機關の音が軋つ…

「狼」『駱駝の瘤にまたがつて』

ああこはかつた! 少女は私の膝に飛び込んできて、兩手でおほつた顏を私の膝にうづめながら、 ああこはかつた! とくりかへした。つめたいからだをこはばらせて、みなし子のやうな、瘦せた肩で息をしてゐる。私は父親のやうな氣持になつて、兩手を彼女の背中…

「係蹄」『駱駝の瘤にまたがつて』

あの砂山のかげから、靑い海と、鷗の群れを見たときに、人々から遠くはなれて、私がはじめてそこまで出かけていつた時に。 その時私の心は、最初の病氣に苦しんでゐた。海は靑く、太陽は高かつた。遠く故鄕を出て、私がそこではじめて見たものは何であつたか…

「沈黙」『駱駝の瘤にまたがつて』

おだまり! とフランシス・ジャムは、ある夜ふけ、唇に指をおいて、自分に命じた。ああこの日頃、またしても人々は、私の詩(うた)を否定する。彼らはそれを切りさいなむ。それらの勝手な組合せで、彼らは私を否定する。ああその批評で、彼らはつひに何人の…

「桐花 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

門を出て 門を出て數步の石に靑薄ひともと生ひぬこぞありしひともと薄常なきは人の世にこそ 春たけて 春たけて去りし海どり雪ふらばまた歸りこん濱松に波のうねうね虛しきか日は高しらす 蜑女の焚く 蜑女あまの焚く煙ひとすぢ彼方にもここにもたちて隣家に桐…

「村酒雑詠」『駱駝の瘤にまたがつて』

日もくれぬ 日も暮れぬ己し が盞をみたせただ餘はそらごとぞ己が詩うた をみづからうたへ月やがて松にかからん 盞は 盞はちひさけれどもただたのむ夕べの友ぞおほかたはひとをたばかる世にありてせんすべしらに 爐に臥して 爐に臥して憂ひをいだく肱枕さむき…

「急霰 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

霰うつ 霰うつ音ねにもねむるや山兎山鳩野雉のきじこの宿の主じはひとりやぶれたる夢をむすばず 沖ゆ來て 沖ゆ來て松に聲ありけたたまし軒を走りてつかのまやはらら聲たゆたま霰ゆくへをしらず わが庭の わが庭の石うつ霰松こえて海にはせいる日に三たび港に…

「残紅 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

殘紅 憂しといとひしすゑの世のちまたもけふはこひしけれ日すがら海のこゑすなる軒端にのこる花はまれ くつわ蟲 黍の穗たかく月いでて秋は越路のくつわむしくつは蟲とてましぐらに海になくこそあはれなれ 鉦たゝき すずしき鉦をとをばかりたたきてやみぬ鉦た…

「炉辺 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

くれなゐの くれなゐの花はみな散りよき友はみなはるかなり神無月しぐれふる月こぞの座にわれはまた坐す いとはやく いとはやくひと世はすぎぬ天命を知るはこれのみくさびらを林にとると腰たゆき時雨びとはや わがうたを わがうたをののしる人ものいふがまま…

「時雨 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

花木槿 人に面おもても見すまじきけふの心のかたくなをしかはあれどもよしとするゆふべはしろき花木槿はなはちす 村雨 こゑありて見れば村雨またありておつる日のかげ秋は巷もひそかにてただとほしつくつく法師 しぐれの雨も しぐれの雨もくれなゐに軒ばの花…