「わが手をとりし友ありき」『百たびののち拾遺』
わが手をとりし友ありき
友はみな彼方に去りぬ
花ならば自(みづか)ら摧(くだ)く
古き曆を破りされ
ひややかに且はほのめく
われは自らわが手をとる
都のほとりの夜半(やはん)なり
ものの音は一つ一つに沈默す
夜半の袖もほころびし
われは自らわが手をとる
われは自らわが手をとる
かくて今むすぶ環(たまき)は何ならむ
聖なる虛無に人の負ふ
はるかなる二つの負債(おひめ)
寂寥と追憶と
結びて一(いつ)の環をなす
かかる小さき領分の
かかる夜半を流れゆく
その海は鹹(しほは)ゆく
その海風は甘きかな
さらばげに花ならばかくして摧く
古き曆を破り去れ
三好達治「わが手をとりし友ありき」『百たびののち拾遺』(『全集3』所収)