三好達治bot(全文)

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「水の上」『百たびののち』以後

黑くすすけた蘆(あし)の穗に
冬の水が光つている
冬の川が流れている
霞のおくに煤けて落ちる夕陽にむかつて
川蒸汽が遠く歸つてゆく
昨日の曳船を解き放つて
ひとりぽつちの川蒸汽が帰ってゆく
身輕になつた 船脚で
――古い記憶だ

 

噫かのなつかしい人格
地上の友 地下の友 輝かしい歌の數々
しなやかな指 匂ひかな頰 袖たもと
とつくの昔に行方(ゆきがた)知れずの遠きもの
遠きもの更にここを遠く去る日の 水の上
取舵引いて 右へそれてさ
あの古靴のやうな川蒸汽も見えなくなつた 水の上

 

杖を上げて 風を切れ
甘く 悲しく 重々しく
つひにこの 輕やかな
別離の心で風を切れ

 

 

三好達治「水の上」『百たびののち』以後(『全集3』所収)