三好達治bot(全文)

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「酩酊」『百たびののち』

水を涉りまた水を涉り
われら綠の野をすぎ
われら丘と谷間と山々とを越え
國のはて 異國の浦々を舟渡(ふなわた)りぬ
茫々と風にふかれ
地上を高く飛び去りゆく雲にまぎれ
幻の駱駝の瘤にまたがつて
ある日は陽炎にゆられゆられてさ
われらかくいつさいのものから遠く消え去りゆく
何ものか柔かき指にわれらが眼瞼(まなぶた)を重たくするまで
いかに いくたびか鹹(しほはゆ)き淚をそそぎしことの 苦がく熱かりし
まことはいはれなきものの上にもそそがれしを……
よきかな
汝の罪咎を忘るべし
わが在るはいづれの國ならし
聞け ひと日暮れ
軒の端に一羽の雀は沈默せんとして なほ一たび舌うちす
巷に玄米パンを呼ぶ聲あれども買ふ人なし
………………
盞を擧げよ
もとよりこの器は小さけれ
なほ一たびわれらが大いなる酩酊のうちを過ぎゆく時を許すなり
いぎたなき四足獸の足どりとぼとぼよろけつつ沙(いさご)のはてを過ぎゆくことを許すなり
よきかな
かくてわれらがことはてて美しき灰みな
とりあつめつつ彼の手に手渡すことの

 

 

三好達治「酩酊」『百たびののち』(S50.7刊)