三好達治bot(全文)

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「冬の朝」『百たびののち』

鵯どりが叫ぶ
霜のきびしい朝の庭木の梢から
襤褸(ぼろ)をまとつた利かぬ氣の婆さん
お前は近所の街角のけなげな働き手の誰かを私に思はせる
鵯どりがけたたましく叫ぶ
私はまづ何やら傷ましい感じに眼ざめつつそれに耐へる
そそつかし屋のお前がそこらの木實をそそつかしく啄むのを
私は歡迎しないものではない
私はまた高い松の梢のてつぺんにお前をふり仰いだ少年の日を憶ふ
それから私が何をしてきたことだらう
指をり數へるまでもない苦がい私の思出を私は暫く辛抱する
それでもこの庭さきの風情のない木立は
お前の来訪によつて暫くの間活氣をそへる
世界中は ともにあれ……

 

この國は いま陰鬱な冬のさなかにある
私はその空の凍てついた季節の中心に位置を占めるつもりの男だ
外界よしばらくそこに在れ
私は一碗の澁茶を味ふ
世界中は それからこの國は
私をして一碗の苦茗(くめい)にしづかに醉はしめるために存在する
私のまはりをとり圍む
かくいふならば それは手輕な私の獨ぎ合點といふものだらうか
さやう 襤褸(つづれ)をまとつて思想はかくも輕やかなこと
今日もまたひな曇る冬の朝の快感
彼女は彼女の中心から 鵯どりはまたけたたましく叫ぶ
さうして彼女は 彼女の甘き果實を啄み去つて冬の彼方に去る

 

 

三好達治「冬の朝」『百たびののち』(S50.7刊)