三好達治bot(全文)

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「寒庭」『百たびののち』

しぐれ空に山茶花󠄁の花󠄁が咲󠄁いた
どこやらでそこここでせつせと機械の音󠄁のする場末町
陽ざしの乏しいしめつぽい貧󠄁しい庭󠄁に
寂しい庭󠄁のかた蔭に紅につつましくなにげなく
こころは高くけふの季節をひきとつて
その紅は花󠄁瓣のふちに一刷けわづかにほのかに鮮かに
それでもそれは忘󠄁れずに その一刷けは
忘󠄁れず數へてていねいにその數を並べてみせるこの花󠄁の
私は知つてゐる また甲斐もなく摧け易くさりげなくこゑもなく散り易いのを
私はかねがね知つてゐます 舊い友よ 私はその日さう呟いたが
今日もうその花󠄁は根かたの土に散つてゐる
落ちつく先はとにもあれ とばかりその途󠄁の隣りの靑木の葉つぱの上にもとまつてゐる
しぐれの雨に土の上にその紅は眼に痛くなほ色も褪せずに
なべての思出よ 冬󠄀のつめたい土のもと 地下のはるかな暗󠄁闇に
また鵯どりの啼きすぎる雨空にまで……

 

 

三好達治「寒庭」『百たびののち』(S50.7刊)