三好達治bot(全文)

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「喪服の蝶」『駱駝の瘤にまたがつて』

ただ一つ喪服の蝶が
松の林をかけぬけて
ひらりと海へ出ていつた
風の傾斜にさからつて
つまづきながら よろけながら
我らが酒に醉ふやうに
まつ赤な雲に醉つ拂つて
おほかたきつとさうだらう
ずんずん沖へ出ていつた
出ていつた 遠く 遠く
また高く 喪服の袖が
見えずなる
いずれは消える夢だから
夏のをはりは秋だから
まつ赤な雲は色あせて
さみしい海の上だつた
かくて彼女はかへるまい
岬の鼻をうしろ手に
何を目あてといふのだらう
ずんずん沖へ出ていつた
出ていつた
遠く遠く
また高く
おほかたきつとさうだろう
(我らもそれに學びたい)
この風景の外へまで
喪服をすてにいつたのだ

 

 

三好達治「喪服の蝶」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「ちつぽけな象がやつて来た」『駱駝の瘤にまたがつて』

颱風が來て水が出た
日本東京に秋が來て
ちつぽけな象がやつて來た
誕生二年六ケ月
百貫でぶだが赤んぼだ

 

象は可愛い動物だ
赤ん坊ならなほさらだ
貨車の臥藁(ねわら)にねそべつて
お薩(さつ)やバナナをたべながら
晝寢をしながらやつて來た

 

ちつぽけな象がやつて来た
牙のないのは牝だから*1
即ちエレファス・マキシムス
もちろんそれや象だから
鼻で握手もするだろう

 

バンコックから神戸まで
八重の潮路のつれづれに
無邪氣な鼻をゆりながら
なにを夢みて來ただらう
ちつぽけな象がやつて來た

 

ちつぽけな象がやつて來た
いただきものといふからは
輕いつづらもよけれども
それかあらぬか身にしみる
日本東京秋の風
ちつぽけな象がやつて来た

 

 

三好達治「ちつぽけな象がやつて来た」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

*1:アジア象とて、この種のものには牝に牙がない。去る年泰國商賈某氏上野動物園に贈り來るもの即ちこれなり。因にいふ、そのバンコックを發するや日日新聞紙上に報道あり、その都門に入るや銀座街頭に行進して滿都の歡呼を浴ぶ。今の同園の「花子さん」即ちこれなり。

「晝の夢」『駱駝の瘤にまたがつて』

住みなれし山にすまひし
ゆきなれし小徑(みち)をゆきき
ききなれし澗(たに)のせせらぎ
あぢあまきみづのみなもと
くさをわけ
きりぎしをとび
うなじふせつまとのむ
わきてこの
八月のひるのすがしさ
ふともわが思ふなりけり
山ふかき林にすまふ
けだものののかかるあはれを
角たかく脚はかぼそき
めのかたはまなこやさしき
斑(ふ)じろの鹿の
木がくれのかかるあけくれ
けだものの身にはあらねど
げにいまは世にも人にも
かびくさき書(しよ)にもえうなし
白雲(はくうん)のたちわくところ
ただ思ふ
よきつまとわれらもすまん
たき木こり
澗(たに)にみづくみ
花のたね庭にまかばや
白日のおろかが夢と
これを知れゆかしからずや
晝の夢夏の夢ひとりゐの夢

 

 

三好達治「晝の夢」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「すずしき甕」『駱駝の瘤にまたがつて』

天澄み 地涸き
ものみな磊塊
一つ一つに嘆息す
土塁頽(くづ)れ夷(たひ)らぎ
石みな天を仰げり
寂たるかな
三旬雨降らず
されば羊も跪づき
ともしき夢を反芻す
風塵しばらく小止(をや)み
畑つものなほ廣葉圓葉(まろば)のさゆらぐを見る
かかる時なお拮槹(きつかう)かしこに動き
再び動きてきしり止みぬ
いとけなき起居(たちゐ)のさまや
貧しき乙女の半裸なるしばしは井(ゐ)のほとりにくぐもりゐしが
――まことに彼女は時劫に禱るさまなりしが
步どりはやくひたひたとしたたる甕を運び去るなり
我は見る
かの乙女子のかくて彼方に
片なびく柳がくれにひたひたとすずしき甕をその胸に
重たげにはた輕げに人の世の無限の時を運びて去るを

 

 

三好達治「すずしき甕」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「かなたの梢に――」『駱駝の瘤にまたがつて』

かなたの梢に憩ふものあり
日は南 木は枯れて 空靑し
またこの冬のかばかりもさまかへし
田のおもてものもなく人を見ず
山低き野のすゑに憩ふもの
こころみになが指に數ふべし
稚な兒よときの間のつれづれの汽車の窓
よごれたる玻璃の陽ざしに
さらばわれらがお指にもかがなべてみん
人の世の途すがら遠くわが失ひしものの數
かの緇衣(しえ)のひと群れの言もなき
團欒のその數の
やすらふと似たらずや
雪ふらん 明日はこの野に雪ふらんとも
けふ空靑し
よきかな 眼路(めぢ)のはて
何の木か しらじらと枝高し
その枝に黑きものみな翼ををさめ
參差として 彼らの數をつくしたり
この空や 明日はかぐろに雪はふらんとも――

 

 

三好達治「かなたの梢に――」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「王孫不歸」『駱駝の瘤にまたがつて』

    王孫遊兮不歸 春草綠兮萋萋――楚辭

 

かげろふもゆる砂の上に
草履がぬいであつたとさ

 

海は日ごとに靑けれど
家出息子の影もなし

 

國は亡びて山河の存する如く
父母は在(おは)して待てど

 

住の江の 住の江の
太郞冠者くわじゃこそ本意(ほい)なけれ

 

鷗は愁い
鳶は啼き

 

若菜は萌ゆれ春ごとに
うら若草は野に萌ゆれ

 

王孫は
つひに歸らず

 

山に入り木を樵(こ)る翁
家に居て機織る媼(おうな)

 

こともなく明けて暮る
古への住の江の

 

浦囘(うらわ)を
想え

 

後の人
耳をかせ

 

丁東(ていとう) 丁東
東東

 

きりはたり きりはたり
きりはたり はたり ちやう

 

 

三好達治「王孫不歸」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「さやうなら日本東京」『駱駝の瘤にまたがつて』

ぽつぽつ櫻もふくらんだ
旅立たうわれらの仲間
名にしおふ都どり
追風だ 北をさせ
さやうなら吾妻橋
言問 白鬚
さやうなら日本東京
さやうなら闇市
さやうなら鳩の街
新宿上野のお孃さん
一萬人の靴磨き
さやうなら日本東京
さやうならカストリ屋臺
さやうなら平澤畫伯……
さやうならさやうなら
二十の扉 のど自慢
さやうならJOAK
八木節と森の石松
さやうなら日本東京
さやうならエノケン
さやうならバンツマ
……さやうなら元氣でゐたまへ
丸の内お濠の松
さやうなら象徴さん
さやうならその御夫人
數寄屋橋畔アルバイト
南京豆と寶くじ
インフルエンザとストライキ
さやうなら日本東京
ポンポン蒸気の煙の輪
なつかしい隅田川
さやうなら日本東京

 

 

三好達治さやうなら日本東京」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)