「岬の話」『測量船拾遺』
(敵の艦隊、芭蕉の葉のやうな浪をかきわけ、大きく印度洋を迂廻してゐる。)
一人の兵士が一頭の羊を、一頭の羊が一人の兵士を愛した。兵士の群が羊の群を、羊の群が兵士の群を愛した。彼等は日曜日の日向で、華やかにも慇懃に、綠の制服と白い毛並とを入りまじらせ、ぺきぺきとビスケットを割つて食べあつた。年とつた羊は、遠い処で、蒲公英のほほけて散るのを眺めてゐた。
軍紀を紊すものとして、とある夕暮、羊の群は涯から海へ追ひ落され、鞭が風を切り、明方、薄桃色に腹を膨ませて、もう愛しい空色の眼は閉ぢなくなり、累々と渚へ打ちあげられた。
要塞司令官は、入港した運送船の甲板で、その朝、大小の砲彈を數へてゐた。
(敵の艦隊は、芭蕉の葉のやうな波をかきわけ、大きく印度洋を迂廻してゐる。)
三好達治「岬の話」『測量船拾遺』(『全集1』所収)