三好達治bot(全文)

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「駆逐艦」『干戈永言』

空はまつ赤な夕燒の中を
靜かにここに入つてきた驅逐艦
驅逐艦が二隻港の島かげに
舳(へさき)をそろへて碇泊した
鋼鐡の軋るかすかな音が聞こえてくる
甲板には人影がすばやく動いてゐる
何か操作をつづけてゐるのだ
遠い外洋から歸つてきた驅逐艦は
まだ休息の「休め」の姿勢をとつたのではない
今度は喇叭の聲が波を渡つてはつきりと聞えてきた
もう夕燒は次第に消えて
あたりは眞暗な夜の闇に沈んでゆくが
驅逐艦はまだ何かの機關の音をひびかせてゐる
それは外洋の遠いはるかな水平線にむかつて
意思を緊張し充實して
ライオンのやうに胸を張つた姿勢をとつて碇泊してゐる
その驅逐艦はどこから來たのだらう
明日はまたどこへむかつて出發してゆくのだらう
僕らは知らない
僕らはそんなことは少しも知らない
けれども僕らは今この驅逐艦を見てゐる僕らの心が
ああこんなにも深い感動を覺えるわけならそれなら
僕らはみんな知つてゐる

 

三好達治「驅逐艦」『干戈永言』(S20.6刊)