三好達治bot(全文)

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「さくらしま山」『故郷の花』

いるかとぶ春の海原
しぐれふり
やがてかくろふさくらしま山

 

九天ゆ直下す三機
あなさやけ
さくらしま山雲のかげ見ゆ

 

いくさある海のはてよりかへりこし
いくさぶねはつ
さくらしま山

 

   ○

 

ふたくさのこほろぎのこゑおこるなり
庭の畑に
日のてるしづか

 

海靑し
小松林のいろ靑し
あきつは赤し
旅ははてな

 

松靑し
山は小松のいろ靑き
かなたゆひそか
海のこゑきこゆ

 

あかあかとたちし赤松
むざと伐られ
くだかるるなり
海の音かなた

 

吃々となく百舌の鳥
けふの秋
眉をふく風
丘並木道

 

秋はまた
馬の蹄のおとあはれ
つと見えそめし
海のいろあはれ

 

   ○

 

わがふむは
かへる日もなき旅の砂
鴉五六羽もだすしら砂

 

雄島あはれ
雌島もあはれ
うちわたす空のかぎりを
吹く秋の風

 

春去りしかごめの鳥も
かへりこぬ
越路をふくは
ただ秋の風

 

   ○

 

ま日てれる
蓮芋畑をくる雇員
南瓜畑を
走りけるかな

 

   ○

 

秋ふけて
雲雀の子らのなくころと
なりにけるかな
洛東江

 

秋ふかき大根畑になく雲雀
ひそかなりけり
洛東江

 

あめの牛
堤にたちて艸はめり
ここにてめぐる
洛東の水

 

大鴉
影もみだれて飛びにけり
江上にして
なくこゑあはれ

 

 

三好達治「さくらしま山」『故鄕の花』(S21.4刊)

「時雨の宿」『故郷の花』

かすかなる
かすかなる聲はすぐ
はらはらと今ふりいでし雨の音
ひそかに軒を走る夜
時雨ふるかかる夜頃を音もひくく
渡るは何の鳥ならん
かすかなる
かすかなる聲はすぐ

 

聲はかたみに呼びかはし
ちちとのみただひくくかすかに
かたみにつまをたのむらんこたへかわして
稻妻のかき消すごとく
闇の夜空をはや遠くかすめて去りぬ
深沈として風は落ち
燈火くらく人はみな眠れる巷
甍も寒き屋の棟を
時雨の雨にぬれぬれて
かすかなる
かすかなる聲はこなたにかへりくる

 

げにこぞの日のかかる夜も
時雨の宿のつれづれに
冬ちかき海の遠音にまじらひて
かすかなる
かすかなる
かかるすずしき音をききし
思出のいまはたあはれ
あはれかく古りゆくをただふりゆかしめて
あともなき
ひとむれの聲のゆくへや

 

 

三好達治「時雨の宿」『故鄕の花』(S21.4刊)

「出發」『駱駝の瘤にまたがつて』

 まんとの袖をひるがへし、夕陽の赤い驛前をいそぐ時、海のやうに襲つてくる一つの感情は甘くして、またその潮水のやうに苦がい。人はみな己れの影をおふてゆく、このひからびた砂礫の上に、彼方に遠く疲れた雄鷄の鳴く日暮れ時、私の見るのは一つの印象、谿間をへだてた谺のやうに、うすれゆく印象の呼びかへしだ。
 出發、――永い間私はこの出發を用意してゐた。私は今日この住みふるした私の町を出てゆきます。今その切迫した時間に驅けつける旅人、ぼろタクシーの間を縫つて、彼方に汽笛の叫びをきく時。
 空しく過ぎた歲月を越え、やくざな一切の記憶を越えて、ああまたあのなつかしい一体の人格は、まぼろしのやうに私の前をゆきすぎる。けれどもあなたはどこに往つてしまはれたか。あなたの住いをどこにたづねていいのでせう。忘却は、虛無は、かくして平板な明け暮れは、空しく四方から海のやうに襲つてくる時に。
 出發、出發、私の列車はもうあすこのプラットフォームに入りました。かしこにけたたましくベルは鳴り、かしこに機關の重壓は軋り出ようとする。
 出發。
 この人ごみの間にあつて、私はひとり希望もなく、膝においた鞄の上にうなだれて、彼方にさみしいシグナルのかげを旅立つでせう。これらの群衆と一つ列車にのりくみながら、けれども私は彼らと異る方角へ、一人の孤獨な旅人として。
 出發……、出發……。
 いまはとらへどころもない、あなたのなつかしい人格が、――かの一つ星が、高く萬物の上に輝きでる時に、遠く遠く、あなたのかへらぬ弟子として。

 

 

三好達治「出發」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「涕涙行」『干戈永言』

…………
…………
敵壘下咫尺の壕に
肉薄し夜を徹したり
拂曉に突撃せんとす……
かかる時四もは寂寞
星しげき阜(つかさ)のかげに
君が書を讀む兵ありと
君やよし詩人(うたびと)の想(そう)に富ますも
得ておもひ知りたまふまじ
君が書はわが行嚢(かうなう)に
門出の日負ひてひめたり
いくたびか死地に出て入り
硝煙にくんじたれども
ひと卷はただつつがなく
春秋(しゆんじう)をはや三たび經て
來しかたの山もはろけし
げにあはれ矢石(しせき)の境(きやう)は
うたかたのいのちなれこそうたありてこころは張りぬ

 

兵はみな遺書をしたため
しののめの空しろみなば
敵壘に突入せんとす
更(かう)たけし闇のさなかに
ここかしこはや鞘ばしる
三尺の靑き稻妻
いにしへは槊を橫たへ
詩を賦ししいくさの雅び
いまのこのわれは啞の
蟬にして歌なきたぐひ
嗚呼
老いて風寒し
うつそ身の戎衣ほころび
かなた流星とぶ
げに兵の身はかく
束の間ののちさへしらに
閑(かん)を得てみじかきひまや
なかなかに思ひはながし

 

いざさらば言(げん)を寄すなり
かへりごと待つ身にあらず
あいなしとうとみたまはん
はばかりもかつは忘れて
心頭(しんとう)を徂徠(そらい)す感の
ついでなきままをつづりつ
かへりみてはぢらふひまも
つきんとす再讀もせず
迫擊の砲鳴りいでん
突擊の時はせまれり
乞ひまつる餐(さん)を加へよ
さきくませ君
はたわれもけさのいくさに
もののふのおくれはとらじ

 

幸ひに君記(き)したまへ
ただ一事
(いまのこの刹那ののちは
神ひとりしろしたまはん)
胡地(こち)ふかく敵の壘下に
はるばるとわが負ひて來し
君が書のこれのひと卷
壕に踞(きよ)し光をつつみ
わが膝にわが手のうへに
つつがなく開かれたりと――

 

文(ふみ)はかく筆を擱(お)きたり
艸々(さうさう)の文字のはしらひ
かぐはしきこころのあとも
うらわかきみちの友垣(ともがき)
君によりわが垂老(すゐろう)の
情感も春のみづ枝を張らんとす
かしこし
友や
いくさ勝ちかへり來たまへ
酒くみてものがたりせん
その日はや
來よと
わりなく
爐の灰にわが淚おつ
――おつにまかせつ

 

 

三好達治「涕淚行」『干戈永言』(S20.6刊)

「蒼穹賦」『干戈永言』

 

 八月二十日敵機九州北邉を侵す、わが邀擊機中敵機と高空に相衝擊して玉碎するもの三、操縦者山田野邉高木みな紅顔の靑年のみ、感に耐へず一詩を賦す。

 

嗚呼
父の國
母の國
わが大君のしろしめす日の本の空
この大空に戰ひて死ぬをほまれと
靑雲のたたなはる上
日一輪高くかかりてみそなはす戰(いくさ)のにはに
むかへ待つ
B29
笑ふべし空の塞(とりで)と
ただ一つ裝甲の堅きをたのむ
あたの徒が遠來の長き翼の
編隊の陣が幾陣
邀へ擊ち
擊ち靡け
なほひとすぢに
逼り擊ち
追ひすがり擊つ
サイパンの昨(さく)の讐(かたき)の
片われの空のまれびと
はるばると來せしともがら
一機だにあだにかへさじ
かかる日を待ちて備へし
久米の子の空の逸雄が
はやり擊つ手練膽略
あなさやけ
えびすらが眼にも見つらん
駈引のこはうらみなき武邉(ぶへん)のみ
日の本の益良武夫の兵法と
思ひたがひそ
いざさらば見よやかくよと
あなあたら由旬(ゆじゅん)の空に
うら若き身をなげうちて
玉ならばかくは碎けん
もののふの身みづから烏滸(おこ)の塞(とりで)ともろともに
碎け飛び
飛び散らひおほせ給ひし
轉瞬(てんしゅん)の彌猛(やたけ)ごころを思ひ見よ
けふの日の空靑ければ
ふりさけて泪下る
うらわかきみをあまがけり
かけりさり
かへりたまはぬいくさがみはや

 

 

三好達治「蒼穹賦」『干戈永言』(S20.6刊)

「リラの花匂ふ朝鮮」『干戈永言』

リラの花匂ふ朝鮮
ポプラの並木高くはるかに
灰色の鶴黃昏の川水にたたずむ朝鮮
白衣の人彼方を步み
艸靑く古墳のつかさつかさを覆へる丘べ
松の根方に黃なる牛繫ぎ放たれて
わがゆく小徑をさまたげし旅の思出
古陵癈寺斷礎龜跌
城あとに蒲公英咲き
鵲はきみしき電柱に翼ををさむ
夕空高く歸る白雲
燈火くらく暮れゆく村々
つひにわが眼底を去る時なし
ああなつかしき朝鮮
いまその山川の若人ら
われらと共に銃を執り
われらと共に劍を磨し
われらと理想を一つにし
われらの敵を敵として
野に山に
はた海原に大空に
大東亞廣袤萬里の外に戰ふ
時は來ぬ
悠久の時はめぐりて
無限の環(たまき)きはみなき聖なる歷史
新しき誕生の日にのぞみ
大いなる亞細亞の朝は明けんとす
大いなる朝は明けんとして
昧爽の氣は淸し
かの山川や艸木や
わが眼底を去りやらぬ
白衣の人の逍遙や
ああげにかかる時しも思出いとなつかしき朝鮮
リラの花咲き匂ふ朝鮮!

 

 

三好達治「リラの花匂ふ朝鮮」『干戈永言』(S20.6刊)

「窗下の海」『干戈永言』

 

北海波黑く
冰霰屡到る
客愁また暗澹として
何事か呼ばんと欲し
更にまた緘默す
嗚呼人(ひと)生を必せず
死を必するの時
白鷗烈風に啼く
人事他なし
ただ心機一瞬を尚ぶべし

 

 

心機ただ一瞬を尚ぶべし
たまたま我は家鄕をすて
北海の濱に流寓す
骨枯れ肉はたゆけれども
笑ふべし
駑馬もなほ千里を想ふ
げにこの慘憺たる薄暮
ただ情思貫直を快とし
白鷗の波浪に上下するを
望み見て自ら慰む

 

 

三好達治「窗下の海」『干戈永言』(S20.6刊)