三好達治bot(全文)

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「一葉舟」『砂の砦』

——ある一つの運命について

 

天に雪舞い
四方(よも)に烈風のこゑをきく
景や暗憺として涯(はて)なく
波浪かげくろく海を傾け來る
海は傾き去つて飛沫しろく
潮流激し鳴る
海鳥忽ち虛空より下り
みな翼にしづくたれて叫び啼けり
ああこゑあるものかくことごとく悲泣すれども
天日の影を見ず
暗雲脚白く垂れ
低徊してまた行くところを知らざるに似たり
かかる時しも
げにかかる極地の混迷と息苦しき虛無との情緖をさき
慘たる視野をつんざきて
舳(へさき)高き綠色の意志は駛らひ來るなり
帆綱みなきしり鳴り
帆布はたためき
砲手砲につき
舵手舵輪をとり
電信手キイをうち
哨者マストによぢて遠く眸を放ちて立てり
船は烈風に怒りたてゆれ
怒りまた橫ゆれて
ゆらめきゆらぎて蹣跚(まんさん)たれども
一にただ羅針の指さすところにむかひて急ぐなり
危ういかな
見えざる遠き目標を追いてかく疾航するもの
視界暗き薄暮の彼方に
極北の海を間(ま)ぎりて海獸の群れを追ひゆくもの
危ういかな
機關の音喘ぎため息つく一葉舟や
然れども景はために
忽ちに光彩を得て燦たる一幅の畫圖をなせり
乾坤は一の焦點の上に片脚立つが如くに緊張せり
かの危ふげなる墻頭暮景をかきみだすところに於て
はしなくも美の形而上學は誕生す
聞け
かのくるしげに喘ぎ息づく機關の音
何ものの扉をたたくこゑか
單調にただ單調に步なみ正しく
そは幻の音樂の端緖を織なしつづけつつ疾航するを

 

 

三好達治「一葉舟」『砂の砦』(S21.7刊)