三好達治bot(全文)

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「赤き落日にむかひて」『砂の砦』

赤き落日にむかひて
われは路なき砂をくだり
ひとり砂丘を越えてゆく
遠き日ごろもかかりしに
人の世のげにけながくも暮れてゆく
かかる身空や
よしや頰(ほ)の風にむかひて熱き日も
いまははや泪おちず
冬の日の雲は彼方にみな低く沈みあつまりこごりたり
淡々し 消なば消ぬがに ありはあり
わが袖のひるがへるかげ
枯艸のみだるるなべに
あはれここにもとどまらず
なほ遠く
踵を砂にうづめつつ
ああなほ遠く歸るをねがはず
ひとり砂丘を越えてゆく
かかる日の夢見ごころの そくばくの こは醉ひごころ
赤き落日にむかひて
すぎこし時をさかしまに步むが如く步みゆく――
さなりわがそびらの方にすててこし
人の住む窓のほとり 卑しきものの一切に
何のかかはりあるものぞ
何のかかはり――
かくてこのわななきふるふ情緖のひとり消えゆく方
彼方にさむくかぐろき波はひるがへる
孤獨なる孤獨なるうたのありかのなつかしさよ
絃なかば斷たれし琴の音のごとく
階やぶれ調はみだれて
さだめなくとりとめもなく
わななきふるふ情緖のひとり消えゆく方――

 

 

三好達治「赤き落日にむかひて」『砂の砦』(S21.7刊)