三好達治bot(全文)

twitterで運転中の三好達治bot補完用ブログです。bot及びブログについては「三好達治botについて」をご覧ください

「旗」『駱駝の瘤にまたがつて』

だからあの夢のやうなまつ白な建築 遠く空に浮んだ無數の窓のうへに
その尖塔のてつぺんにひるがへる旗を見よ
高く高く細くまつすぐにささげられた旗竿のさき
ああそこにも一つの海を見る
海のやうにひるがへる旗を見る
ああその氣流の流れるところに 波は無數に立ちあがり
ゆるやかにあとからあとから 無限に沖の方からおし寄せてくる
そこらあたりの山脈から 空の奧からけふもまたおし寄せてくる
天空高くおし上げた彼らの夢を追つてくる無數の生きもの
あはれにすなほな鵞鳥の群 山羊や仔山羊や緬羊や仔牛をつれた乳牛や
何を目あてにいそぐのか彼らの肩に波うつて押しあひへしあひ
天上のそんなところで(――あるものは叫びながら)あとからあとから彼らの希望を死んでゆく ああその陰氣な仕切りのうち 無數の豚が死んでゆく屠殺場
そんな風にも見えないかい
今日の綺麗に晴れあがつた空のあすこに つめたく凍つて動かないうろこ雲と
夢のやうにそそりたつまつ白な建築の尖塔のてつぺんに
高く高くあんなに小さく見えるまで高くかかげられてゆるやかに流れる旗と

 

ああいつもさういふ一つの歷史の旗が人間の住む都會の空にひるがへつてゐる

 

 

三好達治「旗」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「薪を割る音」『砂の砦』

けふ 薪を割る音をきく
彼方 遠き野ずゑのかた岡に
日もすがら薪を割る音をきく
丁東 東々
松も柏も摧かるる音をきく
春は來ぬ
ものなべて墓場の如き沈默にねむりたる冬の日は去り
しづかに春はめぐりくる
けふその音の
されどわが心には
如何にうらがなしくもひびくかな
孤獨なる 孤獨なる燈火(ともしび)の下に
ながくしのびてうづくまり
うつらうつらと骨に彫(ゑ)りけん文字や何
ああその冬の日の後に
めぐり來し春の日なるを
日をひと日
彼方 遠き野ずゑのかた丘に
薪を割る音をきく
日もすがら薪を割る音をきく
丁東 東
けふその音のされどわが心には
如何にうらがなしくひびくかな

 

 

三好達治「薪を割る音」『砂の砦』(S21.7刊)

「我ら戦争に敗れたあとに」『故郷の花拾遺』

我ら戰爭に敗れたあとに
一千萬人の赤んぼが生れた

 

だから海はまつ靑で
空はだからまつ靑だ

 

見たまへ血のやうな
ぽつちりと赤い太陽

 

骨甕へ骨甕へ 骨甕へ
齡とつた二十世紀の半分は

 

何も彼もやり直しだと跛(びつこ)の蛼(こほろぎ)
葉の落ちつくした森の奧

 

まどかな丘のひとうねり
冬の畑の豆の花

 

歷史は何をしるしたか
雲が來てすべてをぬぐふ

 

まつ靑な空
まつ靑な海

 

飛行機はあそこに墜ち
軍艦はあそこへ沈んだ

 

萬葉集の歌のとなりに
砲彈の唸りをきくのは

 

まばらに伐られた林の奧に
それは何ものの影であらうか

 

けれどもまつ靑な
空と海

 

我ら戰爭に敗れたあとに
一千萬人の赤んぼが生れた

 


「我ら戰爭に敗れたあとに」『故鄕の花拾遺』(『全集2』所収)

「荒天薄暮」『故郷の花』

天荒れて日暮れ
沖に扁舟を見ず
餘光散じ消え
かの姿貧しき燈臺に
淡紅の瞳かなしく點じたり
晩鴉波にひくく
みな聲なく飛び
あわただしく羽(はね)うちいそぐ
さは何に逐はるるものぞ
慘たる薄暮の遠景に
されどなほ塒あるものは幸なるかな
天また昏く
雲また疾し
彼方町の家並は窓をとぢ
煤煙の風に飛ぶだになし
長橋むなしく架し
車馬影絕え
松並木遠く煙れり
――景や寂寞を極めたるかな
帆檣半ば折れ
舷赤く錆びたるは何の船ならむ
錨重く河口に投じ
折ふしにものうき機關の叫びを放てり
まことにこれ戰ひやぶれし國のはて
波浪突堤を沒し
飛沫しきりに白く揚れども
四邊に人語を聞かず
ただ離々として艸枯れて砂にわななき
われひとりここに杖を揮ひ
友もなく悲歌し感傷をほしいままにす

 

 

三好達治「荒天薄暮」『故鄕の花』(S21.4刊)

「なれは旅人」『故郷の花』

なれは旅人
旅人よ
樹かげにいこへ
こはこれなれが國ならず
旅人よ
なべてのことをよそに見て
つめたき石にもいこへかし
まことになれが故鄕(ふるさと)はなほかなたに遠し
はるかなるその村ざとにかへりつくまでは
旅人よ
つつしみて言葉すくなく
信(しん)なきものの手なとりそ
ただかりそめのまこともて彼らが肩に手なおきそ
さみしき彼らが背(そびら)を見るにも慣れてあれ
されどなれは旅人
旅人よ
樹かげにいりて
つめたき石にもいこへかし

 

 

三好達治「なれは旅人」『故鄕の花』(S21.4刊)

「朝はゆめむ」『故郷の花』

ところもしらぬやまざとに
ひまもなくさくらのはなのちりいそぐを
いろあはきさくらのはなのひまもなくななめにちるを
あさはゆめむ
さくらのはなのただはらはらとちりいそぐを
はらはらとはなはひそかにいきづきてかぜにみだれてながるるを
やみてまたそのはなのはつかにちるを
さくらのはなのかくもあはれにちるをゆめみしあさのゆめ
めにさやか――
またみづよりもしめやかにこころにしみてわすれがたかり
わきてこはかやのすそはやひややかにほにふるる
うらぶれしあきのあさなれば
ゆめさめてわれはかなしむ
ゆゑしらぬとほきひのなげかひのいやとほきはてのなごりを

 

 

三好達治「朝はゆめむ」『故鄕の花』(S21.4刊)

「願はくば」『花筐』

願はくばわがおくつきに
植ゑたまへ梨の木幾株(いくしゆ)

 

春はその白き花さき
秋はその甘き實みのる

 

下かげに眠れる人の
あはれなる命はとふな

 

いつよりかわれがひと世の
風流はこの木にまなぶ

 

それさへや人につぐべき
ことわりのなきをあざみぞ

 

いかばかりふかきこころを
つくすともなにかたのまん

 

うたかたのうたはうかべる
雲なればやがてあとなし

 

しかはあれ時世(ときよ)をへつつ
墓の木の影をつくらば

 

人やがて馬をもつなぎ
旅人らここにいこはん

 

後の世をおもひなぐさむ
なかなかにこころはやすし

 

願はくばわがおくつきに
植ゑたまへ梨の木幾株

 

 

三好達治「願はくば」『花筐』(S19.6刊)