「はるかな國から」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』
——詩集「二十億光年の孤獨」序―—
この若者は
意󠄁外に遠󠄁くからやってきた
してその遠󠄁いどこやらから
彼は昨日發つてきた
十年よりさらにながい
一日を彼は旅してきた
千里の靴󠄁を借りもせず
彼の踵で踏んできた路のりを何ではからう
またその曆を何ではからう
けれども思へ
霜のきびしい冬󠄀の朝󠄁
突忽と微笑をたたへて
我らに來るものがある
この若者のノートから滑り落ちる星でもあらうか
ああかの水仙花󠄁は……
薰りも寒󠄁くほろにがく
風にもゆらぐ孤獨をささへて
誇りかにつつましく
折から彼はやつてきた
一九五一年
穴󠄁ぼこだらけの東京に
若者らしく哀切に
悲哀に於て快活に
――げに快活に思ひあまつた嘆息に
ときに嚏を放つのだこの若者は
ああこの若者は
冬󠄀のさなかに長らく待たれたものとして
突忽とはるかな國からやつてきた
三好達治「はるかな國から」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』(『全集3』所収)