「薄野」『駱駝の瘤にまたがつて』
薄の枯れたうらさみしい野みちだ
むかうの方に堤防があつて 盗びとのやうにいやな奴が
そのくせおれのなつかしい河が流れてゐる
(それはもうさういふ羽目の辻占だ……)
さうしてそいつはいつもかもしのび音に堤防の下の方を流れてゐる
そこにはつまらぬ舟が浮んでつまらぬ漁師が日がな一日
河底の泥をすくつてゐる
ありもしない獲もののかげをさがしもとめて
鷗もそこらにちらばつてゐる
そのまたむかうの書割にはうすぼんやりと靄がかかつて
こはれかかつた煙突が三本半ほどならんでゐる
何といふ腑拔けながらんどうの風景だらう
どこに音樂のこゑがきこえるでもなし
河蒸気一つ見えはしない
こんな地方にまぎれこんできたおれの運命はいつたい何を考へることができるだらう
ああいつさいが快活に眼ざめはしない
空想はしりからしりから消えてゆく階段のやうだし
そこいらをうろついてゐるのは駱駝のやうな雲ばかりだ
そいつもしりから消えてゆく
消えてゆく
ほんたうに今日は陰氣ないやな日の暮れだ
かうしてこいつはどこかへおれの運命をつれてゆくつもりでゐるのにちがひない
盗びとのやうに忍びあしで
かうしてこの河が遠く遠く
枯れ枯れにす枯れてしまつた薄野を曲りくねつてゐるかぎり
こんな風景のとりこでゐるかぎり
おれはもう手摺のない暗い底ぬけの階段を
しかたなく降りてゆくばかりだ