三好達治bot(全文)

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2017-04-01から1ヶ月間の記事一覧

「桃花李花」『朝菜集』

老松亭々凾嶺蒼々柑子山かうじやま こなたにつきて麥畑かなたに遠く工場の白き煙突二つ三つそそり立つあたりの聚落天高く海はか靑し沖つ波はるかのかたにかすめるは大島利島としま 邉つ浪は浦囘いつぱい弓なりに碎けて白しこれはこれおのれいくとせ住みなれ…

「閑雅な午前」『一点鐘』

ごらん まだこの枯木のままの高い欅の梢の方をその梢の細いこまかな小枝の網目の先先にもはやふつくらと季節のいのちは湧きあがつてまるで息をこらして靜かにしてゐる子供達の群れのやうにそのまだ眼にもとまらぬ小さな木の芽の群衆はお互に肱をつつきあつて…

「南の海」『一点鐘』

ひと日わがゆくりなく故紙のひまより見出でたる一片の幼 き文字、南の海と題せり、いづれの年ごろしたためしものと も今はおぼえね、その嘆かひなほ今日の日のわがものにかよ ひて多く異ならず覺ゆ、あはれわがさがやとて自ら憐れみて この集の跋に代えんと…

「春宵偶感」『捷報いたる』

月明の櫻の並木行く人稀れに花の香ほのかにして海の音かなたに高し春はかくはなやかにめぐり來れどいま我らの天地は新らしき誕生の前に慘として 蕭々として考へぶかく 愼しみ沈默してあるかなああかく新らしき道德の國は無限に悲痛なる犧牲の後に遲々として…

「陽春三月の天」『捷報いたる』

陽春三月の天うらうらとして微風わたる柳絛綠りうでうみどり をひるがへし輕塵けいじん あがり土筆たけ鶺鴒なく古城のほとり櫻花まさに綻びんとして枝頭に紅くれなゐ ほの見ゆる並木のかげの古椅子に陽照りかげり人影はなほしげからずわれここに來て感懷もま…

「羈旅十歳」『羈旅十歳』

湖(うみ)の上へに朝ぎりたちていづこかに雉子(きぎす)しばなく みづちかきしもとの丘はうら枯れしままに霞めり われ十歲旅をさまよひかかる日の春にまたあふ そはたえて消息をだに知りがたきをちかたびとの おんかげを山川の辺へにたづねつつ経へたる國…

「落下傘部隊!」『捷報いたる』

落下傘部隊!落下傘部隊!見よこの日忽然として碧落へきらく 彼らの頭上に破れ神州の精鋭隨處に彼らの陣頭に下る落下傘部隊!落下傘部隊!こはこれ大東亞聖理想圈の尖兵十百千萬爆彈と銃劒と旺んなる喊聲とをもて見よ今白雲の間に雨ふり下るはこはこれ大東亞…

「ジョンブル家老差配ウインストン・チャーチル氏への私言」『捷報いたる』

このたびはシンガポール失陷さぞかし御落膽御痛心のこととお氣の毒に存候先日のレパルスウェルズ二艦も存外の沈歿にてまた香港などもあのやうなる御始末これらを時世ときよ とも申すものにや日頃の御細心にも似合はぬ算盤ちがひわづかのひまにうちつづく御不…

「新嘉坡落つ」『捷報いたる』

一たびかしこに仆れしユニオン・ジャック二たびここに仆れたり一たびかしこに揚げられし白旗二たびここに揚げらる香港落ち新嘉坡落つ神州の貔貅神速老醜賊を追い擊ちて 北より南し千里の密林を一掃して 堅壘日に落つああ而して昨の奸黠どもが相稱へて萬世不…

「昨夜香港落つ」『捷報いたる』

昨夜香港落つ主基督降誕祭日黃昏かしこビクトリア・ピーク山寨上に翩翩と彼らの白旗はひるがへれり!もと彼らの漂海の賤賈東亞一百歲の蠹賊魔󠄁藥阿片の押賣行商どもがあまつさへ强請ゆすり取り騙かたり取りたる香港――かしこ香港島上に東海の猛鷲飛びかひ巨彈…

「アメリカ太平洋艦隊は全滅せり」『捷報いたる』

ああその恫喝ああその示威ああその經濟封鎖ああそのABCD線笑ふべし 脂肪過多デモクラシー大統領が飴よりもなお甘かりけん 昨夜さくや の魂膽のことごとくはアメリカ太平洋艦隊は全滅せり!荒天萬里の外激浪天を拍つの間に馳驅すべかりしああその凡庸提督…

「捷報臻る」『捷報いたる』

捷報いたる捷報いたる冬まだき空玲瓏とかげりなき大和島根に捷報いたる眞珠灣頭に米艦くつがへり馬來沖合に英艦覆滅せり東亞百歲の賊ああ紅毛碧眼の賤商ら何ぞ汝らの物慾と恫喝との逞しくして何ぞ汝らの艨艟の他愛もなく脆弱なるや而して明日香港落ち而して…

「灰色の鴎」『一点鐘』

彼らいづこより來しやを知らず彼らまたいづこへ去るやを知らない かの灰色の鷗らも我らと異る仲間ではない いま五月の空はかくも靑くいま日まわりの花は高く垣根に咲きいでた 東してここに來る船あり西して遠く去る船あり いとけなき息子は沙上にはかなき城…

「毀れた窓」『一点鐘』

廢屋のこはれた窓から五月の海が見えてゐる 硝子のない硝子戸越しにそいつが素的なまつ晝間だ 波は一日ながれてゐるその額緣にポンポン船がやつてくる 灰色の鷗もそこに集つて何かしばらく解けない謎を解いてゐる ぽつかり一つそんな時鯨がそこに浮いたつて…

「いつしかにひさしわが旅」『一点鐘』

たまくしげ凾根の山のこなたなる足柄の山 をさなき日うたにうたひしその山のふもとの出湯でゆに ゆくりなくわが來たり臥ふす春の日をいく日ひへにけむ 朝な朝さななくきぎすはもけたたまし谷をとよもし はたたくや木もれ陽のうち つと見ればつまを率ゐてかの…

「鷗どり」『一点鐘』

ああかの烈風のふきすさぶ砂丘の空にとぶ鷗沖べをわたる船もないさみしい浦のこの砂濱にとぶ鷗(かつて私も彼らのやうなものであつた) かぐろい波の起き伏しするああこのさみしい國のはて季節にはやい烈風にもまれもまれて何をもとめてとぶ鷗(かつて私も彼…

「一点鐘二点鐘」『一点鐘』

靜かだつた靜かな夜だつた時折りにはかに風が吹いたその風は そのまま遠くへ吹きすぎた一二瞬の後 いつそう靜かになつたさうして夜が更けたそんな小さな旋じ風も その後谿間を走らない…… 一時が鳴つた二時が鳴つた一世紀の半ばを生きた 顏の黃ばんだ老人の …

「かつてわが悲しみは」『艸千里拾遺』

かつてわが悲しみは かの丘のほとりにいこへりかつてわが悲しみは かの丘のほとりにいこへり 五月またみどりはふかく 見よかなたに白き鳥のとぶあり おのが身ははやく老いしかこの日また家にいそぐや あてどなき旅のひと日の夕暮れの汽車のまどべに かの丘に…

「老いらくの身をはるばると」『艸千里拾遺』

老いらくの身をはるばるとこのあしたわがふるさとゆははそはの母はきたまふ おんくるまうまやにつかせたまふにはいとまありけりわれひとりなぎさにいでて 冬の日のほのかほのかにあたたかき濱のおほなみひるがへる見つつたのしも 眞鶴の崎の巖が根大島のはる…

「日まはり」『艸千里拾遺』

橋の袂の日まはり床屋の裏の日まはり水車小屋の日まはり交番の陰の日まはり頽れた築地の上に聳えた路ばたの墓地の日まはり丘の上の洒落た一つ家そのまた上の 女學校の 寄宿舎の庭の日まはりああ日まはり日まはりそれは旺んな季節の洪水七月 この海邊の町を不…

「海よ」『艸千里拾遺』

門を閉ぢよ 心を開け……それで私は 表を閉めて裏の垣根を越えてきた蜜柑畠の間を拔けて海よ お前の渚にかうして私は一人できたああ陽炎のもえる初夏の小徑眩めくるめく砂の上で海よ 私は何を考へよう 思出のやうにうすぐもつて藍鼠色あゐねずいろにぼんやりし…

「汝の薪をはこべ」『艸千里』

春逝き夏去り今は秋 その秋のはやく半ばを過ぎたるかな耳かたむけよ耳かたむけよ近づくものの聲はあり 窓に帳帷とばりはとざすとも訪なふ客の聲はあり落葉の上を步みくる冬の跫音 薪まきをはこべああ汝汝の薪をはこべ 今は秋 その秋の一日ひとひ去りまた一日…

「廃園」『艸千里』

春夏過ぎて秋はきぬわがこころの園生に蟲啼けりあはれなる蟲は啼けり木にも草にも荒れ蕪れて また荒れ蕪れしあかつきの わがこころの園生におん墓ありその日より ここにとこしへにおん墓あり君知りたまふや愚かなるわがためには そは二つなき思出の奧津城な…

「紅花一輪」『艸千里』

なつかしき南の海……なつかしきは伊豆の國かな二日三日 わがのがれきてひとり愁ひを養へる宿のうしろのきりぎしのほのぐらき雜木まじりにひともとたてるやぶ椿いま木洩れ陽のかげうごくふとしも見ればここだくの花は古りたる もも枝のそのひと枝ゆこの朝あし…

「涙」『艸千里』

とある朝あした 一つの花の花心から昨夜ゆうべの雨がこぼれるほど 小さきもの小さきものよ お前の眼から お前の睫毛の間からこの朝あした お前の小さな悲しみから 父の手にこぼれて落ちる 今この父の手の上に しばしの間暖かいああこれは これは何か それは…

「煙子霞子」『霾』

壁には新らしい繪を揭げ甕には新らしい花を挿し窗には新らしい鳥籠を吊るしたこれでいい さあこれでいいではないか今日一日私はここにおちつかう今日一日?ここはお前の住居ではないか私の心よお前の棲り木を愛するがいいお前の小鳥と同じやうに そこでお前…

「蝉」『艸千里』

蟬といふ滑車がある。井戸の樞くるるの小さなやうなものである。和船の帆柱のてつぺんに、たとへばそれをとりつけて、それによつてするすると帆を捲き上げる時、きりきりと帆綱の軋るその軋音を、海上で船人たちは蟬の鳴聲と聞くのである。セミ、何といふ可…

「冬の日」『一点鐘』

――慶州佛國寺畔にて ああ智慧は かかる靜かな冬の日にそれはふと思ひがけない時に来る人影の絕えた境に山林にたとへばかかる精舍の庭に前觸れもなくそれが汝の前に來てかかる時 ささやく言葉に信をおけ「靜かな眼 平和な心 その外ほかに何の寶が世にあらう」…

「鶏林口誦」『一点鐘』

たくぶすま新羅の王の陵(みささぎ)に秋の日はいまうららかなり いづこにか鷄(とり)の聲はるかに聞こえかなたなる農家に衣(きぬ)を擣つ音す 路とほくこし旅びとはここに憩はん 芝艸はなほ綠なり 綿の畑の綿の花小徑の奧に啼くいとど松の梢をわたる風艸…