三好達治bot(全文)

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「加佐里だより」『駱駝の瘤にまたがつて』

KOREAの綠の切手(白い翼と小さな地球
なるほど航空便だから……
消印は83・3・2)
朝鮮慶尙南道晋陽郡
井村面加佐里のさとの姜淑香
そんな振出人から包みがとどいた

 

音書に曰く
私は岐阜市の生れです
十八まではそちらで育つた
母の國は日本
父の國はそちらです
だから戰爭がすむとこちらに歸つた
こちらもひどく暮らしにくい
朝夕かなしく詩を書いた
この帳面を見て下さい

 

その詩の一つ――
  むされるやうな砂煙
  晝のやけつく路の上
  うつむいて 年とつた 旅人の 影一つ
  包みを背負つて重たげに
  遠く來た足重たげに
  過ぎゆきぬ

 

その詩の二つ――
  もの貰ひの
  爪のびてよごれた指さき
  襤褸(つづれ)の袖をかいさぐり
  おづおづとその手をののく
  七つばかりの女の子
  睫毛黑く
  瞳ぬれ
  小さき頭 下げまた下げて
  村をゆく足音あはれ
  秋の風

 

やつぱりさうか さうだらう
君の田舍も……
この帳面はぼつぼつ讀まう
ありがたう姜淑香
君の田舎の臭ひがするよこの帳面は
野蒜の強ひ臭ひがするね 姜淑香!

 

 

三好達治「加佐里だより」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)