橋の袂のチャルメラは
屋臺車の支那蕎麥屋
陶々亭の名もかなし
要するにこれわんたんを
くらわんかいの一ふしは
客がないから吹く笛だ
宵の九時から吹きそめて
氣輕に吹けば音も輕く
當座はややに花やげる
親爺が茶利で君が代は
千代に八千代にと吹きならす
遠いえびすの芦笛の
末の末なる末の世の
橋の袂のチャルメラは
夜のくだちに音もさえて
そこらあたりがしづまれば
都に霜を飛ばせつつ
何を怨じて吹くならむ
夜の三時
人盡きぬ
歸らうか
歸りなんいざいま一度
いささかやけに吹く笛は
寒く凍りてわれむとす
巷の石を泣かしめん
三好達治「橋の袂の――」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』(『全集3』所収)