三好達治bot(全文)

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「郊野の梅」『砂の砦』

逝くものはこゑもなくゆく
ささやかな流れの岸の梅の花
野の川の川波たてば
その花のかげもみだれて
そはしばしゆらぎさざめく日暮れどき
野はやがでほの昏けれど
その花の
もののあいろもさだめなく昏きあたりに
ただ一つその花のともす燈火(ともしび)
――微笑 囁き
世の外のひそかなる希望の合圖
神のおん手の器より溢れ落つ
美の幸福よ
はたはまた
底ひなき黄泉(よみ)の香氣よ
かかる夕べもやすみなくゆく野々川の
靑き水ただ弓一つへだてて眺む
槎枒たりや
くろがねの幹のこずゑに
はつはつにその花まれに
きのふけふにほふすがしさ 白さ 明るさ
暮れてゆく水のほとりに
ただのこる淡き燈火風ふけば
風にまかする
――微笑 囁き
世の外のひそかなる希望の合圖

 

 

三好達治「郊野の梅」『砂の砦』(S21.7刊)