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『故郷の花』総覧

『故鄕の花』

 ・出版社  創元社
 ・発刊   昭和21年4月1日
 ・収録作品 計36篇(うち『故鄕の花』にて初収録となった作品は31篇)

 

 

『故鄕の花』  目次

 

「鳶なく――序に代へて」

 

日暮(にちぼ)におそく
時雨しぐれうつ窓はや暗きに
何のこころか
半霄に鳶啼く
その聲するどく
しはがれ
三度(みたび)かなしげに啼きて盤桓す
波浪いよいよ聲たかく
一日(ひとひ)すでに暮れたり
ああ地上は安息のかげふかく昏きに
ひとり羽(はね)うち叫ぶこゑ
わが屋上を遠く飛び去るを聽く

 

「すみれぐさ」

 

春の潮相逐ふうへにおちかかる
落日の ――いま落日の赤きさなかに
われは見つ
かよはき花のすみれぐさひとつ咲けるを
もろげなるうなじ高くかかげ
ちいさきものもほこりかにひとり咲けるを
ここすぎて
われはいづこに歸るべきふるさともなき
落日の赤きさなかに――

 

「春の旅人」

『春の旅人』(S20.1刊)

 

「をちかたびと」

 

をちかたのひとはをちかた
はるふかきにはにねむれば
はとのなくこゑにもめざむ
うたたねのゆめのみじかさ

をちかたのひとはをちかた
はるふかきにはのおちばを
もせばもゆほのほはしばし
めにしみていたきけむりや

 

「春のあはれ」

 

春のあはれはわがかげの
ひそかにかよふ松林
松のふぐりをひろひつつ
はるかにひとを思ふかな

春のあはれはわがかげを
めぐりて飛べるしじみ
すみれの花ゆまひたちて
ゆくへはしらず波の上に

春のあはれはわがかげの
ひそかにいこふ松林
かばかり靑き海の上に
松のふぐりをひろふかな

 

「空琴」

 

ただいかなればのらすそらごと
いのちをもみをもをしめと

いのちをもみをもをしみて
かへるべきかたやいづかた

ゆくへなきあすををしめと
さるをなほのらすそらごと

はるかぜにとらるるさへや
ただをしむきみがおんそで

 

「みづにうかべど」

 

みづにうかべど空をとぶ
ふたつのつばさぬらさじと
かろきたくみのかもめどり

こころををしむ旅人の
あはれゆかしき江のみづに
あとなきときは流れつつ

 

浮雲

 

空にうかべる雲なれば
よるべはなけれ
くれなゐの
いろにそまりつ
いろにそまりつ
沖の島の
空に浮かべる
あかね雲
ただたまゆらのよそほひに
身をほろぼすも
うき雲の
さだめなりかし
さだめなりかし
沖の鳥の
こころなきさへ
ひとめぐり

 

「ふらここ」

 

わが庭の松のしづ枝に
むなしただふらここ二つ

うちかけてしばしあそびし
あまの子のすがたは見えず

たれびとの窓とや見まし
そよ風のふきかよふのみ

さるすべり花ちるところ
ふらここの二つかかれり

 

「白き墓地」

 

秋の田の黃なるに
夕べの霧遠くたなびき
彼方の丘に白き墓地見ゆ
松靑きかげ
墓標みな白く黃昏にうかみて
いまこの風景に
しづかなる音樂の起りたゆたふごとき心地す
一度びここをへて
われは行へもしらぬ旅人なれども
ものなべてほのなつかしく
こを故わかず忘れがたき日のひと時と思ひたたずむ
路のべに
秋の螢のただ一つひくく迷へり

 

「朝はゆめむ」 
「秋の風」

 

松の林は秋のかぜ
帽子の鍔にふりかかる
松のおち葉の音あはれ
 

「囘花蕭條」

 

幾山河(いくやまかは)
越路(こしぢ)のはてのさくら花
か靑き海を松が枝に
かへり花さく日の空に
小鳥は鳴けど音はさみし
――音はさみし
かへり花とて色も香も
けふの日あしも淡つけく
松の林に木がくれて
咲く日はいく日
その花のはやはらはらと散りそむ
丘をめぐればありとなく
ほろびゆく日の
ただのこるほのぬくとさよ――

 

「なれは旅人」
「時雨の宿」
「あきつ」

 

あはれあきつ
いのちみじかきものもまた
しばしはここにいこふかな

そらゆく雲ははやけれど
尾花がすゑぞひそかなる

 

「雲と雁」

 

なにのほだしにほだされて
ゆくてをいそぐたびならむ
そらゆくくももかりがねも
をばながすゑにしづみたり

 

「蟋蟀」

 

今宵雨霽れて
月淸し

四方(よも)の壁にも
厨(くりや)にも
また落ち葉つむ廂にも
屋根のうへにも鳴く蟋蟀(いとど)

屋根のうへにも鳴く蟋蟀
かくれ彼らは夜もすがら
主(あるじ)が貧とかたくなと
才短きをうたふなり

今宵雨霽れて
月淸し

 

「朝の小雀女」
「艸枕」

 

艸枕
かりねの宿のまど戸に
誰かがおとなひのこゑやする

 

「きつつき」

 

きつつき
きつつき
…………
わが指させし梢より
つと林に入りぬ
…………
戀人よ
君もまた見たまひし
…………
胸赤く
うたかなし
かのさみしき鳥かげを
…………
つめたき君がこころにも
な忘れそ
けふのひと日を
…………
人の子の
なげき
はてなきを
…………
またはかの
つと消えて
林に入りし鳥かげを
…………
ききたまへ
風のこゑ
かの鳥のまたかしこに啼くを
…………
今はこれ
君と別るる路の上
…………
木は枯れて
四日の月
…………
まれに飛ぶ
木の葉

 

「さくらしま山」
「窗下の海」

「窗下の海」『干戈永言』(S20.6刊)

「池あり墓地あり」

 

池あり
墓地あり
鶯なく
貧しく土はかはき
丘赤く
日は高し
かくさくらの花の散る日にも
情感すでに枯れ
獸(けだ)もののさまよふごとく
わが影はみすぼらしく風に吹かれ
空想の帆かげ遠く沈みゆくを逐はんとす
あてどなき小徑のはて
かくあてどもなくわれの越えてゆく
ものみな傾きし風景は
いま春の晝餉どき
しんかんとして海のこゑはるかに
藪かげに藪椿おつ
ああわがかかる日の焦點はかなしく歪みたるに

池あり
墓地あり
鶯なく

 

「丸木橋

 

木橋ひとり渡れば
靑き魚つと浮びきて
わが影をついばみさりしたまゆらよ――
ああそれの日は
よき友も
よき師の君も世にいまし
世ははつ夏の光もて
野もかがやきぬ
花園に赤き花咲き
その徑(みち)に待ちし子らさへ
今はみな消息もなし
げに人の世は
酒ならば一盞の夢
夢消えて盞むなし
それもよし
いざさらば
歸らぬ日
――ものみなのあはれゆかしかりしよ

 

「花筐拾遺/二章」

いんげんの花」

「梢の花」

 

「乙酉卽事」

 

月ほのかなる丘の邊に
花は伐られて薪となる

 

「何なれば」

 

何なればふかくもひめし淚ぞや
海にきたりて美しき石をひろへば
はふり落つ老が淚はしかはあれ
つばらにかたるすべもなき

 

「島崎藤村先生の新墓に詣づ」
「池のほとりに柿の木あり」
「歸らぬ日遠い昔」
「涕淚行」

「涕淚行」『干戈永言』(S20.6刊)

「荒天薄暮」
「海邊暮唱」
「橫笛」