三好達治bot(全文)

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「『檸檬』 ――梶井基次郎君に」

 君の本が出るのは何より喜しい、喜しいどころではない、僕は肩身の廣い誇りを感じる。僕らの時代の若い作家達の間で、君ほど最初から自信に滿ちた仕事をした人はない。最近君の原稿を整理しながら、僕はしみじみと君への敬意を新たにした。卷頭の「檸檬」の一作から、君は既に一家をなしてゐる。その作品が發表されてから、もう既に六年にもなるだらう。その間君は一圖に、一絲亂れない步なみで、君のレアリズムをつきつめた。君が多感だつた若い日に、君に及ぼした種々の影響も、君の秀れた把握力によつて、悉く正しい位置にまでつき戾され多彩な感興の交錯した結果から、年を經るに從つて、一層純粹な君の肖像が洗ひ出されてゐる。現在の我が文壇に於て、君ほど正確さを愛し、君ほど個性のレアリテを明らかに示した人はゐないだらう。君の藝術に就ては、なほ後日僕は多少の文章を費したい。
 君の本が出る。永久の本、確かにこれは永久に滅びない本だ。君の本が出ることは、僕の無上の喜びである。いささか蕪辭を連ねた罪は、許し給へ。

 

 

三好達治「『檸檬』 ――梶井基次郎君に」(『全集12』所収)