三好達治bot(全文)

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「寂光土」『百たびののち』以後

風の波 風の色 風の足音
その一陣 一陣
……………
羊の群れを逐(お)ふてゆく それも旅人
逐ふ人も 背(うし)ろの風に逐はれてゆく
……………
穢土寂光(ゑどじやくくわう)は 冬の日に
風の來て掃(は)いて淸めた庭だらう
ゆつくりとした步(あし)どりで
影のない羊の群れを逐ふてゆく
今日の日の私は移住者
草みな枯れた日の庭の 遊牧(いうぼく)の民(たみ)の一人だ
……………
戰さに敗けた遠い日の 激しい怒りと悲しみと
ふと心に泛(うか)び 空飛ぶ雲の飛ぶままにそれを見おくり
私の上を掠(かす)め去る姿さみしい鵯(ひよ)どりか
心はまたきりりと向きをかへ 彼方なる木立に沈む
……………
路にうつむく石ぼとけ
行路(かうろ)の人の名を知らぬ無緣(むえん)ぼとけの供養塔(くやうたふ)
見るものいづれも彩(あや)はないけれども

 

ただ華やかに
冬の日はいま暖かに肩にそそぎ
リュックは快い汗となる
穢土寂光は げにもこそ この枯草原をいふだらう
私の過去のいつさいも
いまこの孤獨な杖に 杖の先にたしかめながら踏(ふ)んでゆく
ゆるやかな土壤の起き伏し
ただ茫々(ばうばう)と枯生(かれふ)つづきの乏しい眺めに異るまい

 

林に沈んだ鵯どりは またその梢に泛(うか)び出て
きりりと鋭く向きをかへ 叫びかつ叫びて去るを………

 

 

三好達治「寂光土」『百たびののち』以後(『全集3』所収)