三好達治bot(全文)

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「青梅花」『百たびののち』

靑梅(せいばい)は 實の靑きにや……
またその花のほの靑き品種(しな)なりけらし
げに花靑き靑梅花
路のほとりの賤が家にさし出でて高きを見たり
つくねんと老婆は窓に出でて坐し
世間のさまをやをら見わたし眺めたり
そこらのさまは肅やかに
巷の塵もをさまりて今は淸らに暮れんとす
流れに濯ぐ乙女あり
自轉車に空氣を入れる若者あり
かかる靜けき人の世の人みな貧しき巷々を
たちもとほるはこの日ごろ我れにともしき心なぐさめの一つなり
おしなべて世には望みのなければなり
望みなしとや
さなり頑愚 甲斐もなければ今はほとほと
さるをこのほどどこやらでは
たかが女どもが頭(かうべ)に冠をのするとて
ことのほかなる市ぶりの騷々しげの取沙汰や
まことに神のおん手から玉冠(ぎよくくわん)を賜はりたまふものならば
ひとりひそかにつつましくみ厨子の前にたばらばこそ 目出度からうに
仰山な
この國のプリンスなどもうちまじり
世界中からシルクハットが集まるさうな
世の常かくもさうぞきてことごとしきはいづれそらごとなりけらし
空しきかな
人みな愚かしきにはあらねども
この愚かしき日のいつ果てるやら
問ふ勿れ
我れら如きがなんの知ろ
我れは邊土の頑愚なれば
ただゆくりなくふり仰ぐ巷の空に
氣まぐれの輪をゑがく鷗どり
たまたま海を遠く來し翼かろらに
梅花の天つぎゆけり はやく斜めに
ふくらなるましろの胸を淡つけき夕陽に染めて…… 

 

 

三好達治「青梅花」『百たびののち』(S50.7刊)