「沈黙」『駱駝の瘤にまたがつて』
おだまり!
とフランシス・ジャムは、ある夜ふけ、唇に指をおいて、自分に命じた。ああこの日頃、またしても人々は、私の詩(うた)を否定する。彼らはそれを切りさいなむ。それらの勝手な組合せで、彼らは私を否定する。ああその批評で、彼らはつひに何人の耳を掩はうとするのか。
しかし、おだまり!
とフランシス・ジャムは自分に命じた。
けれども私には、私の耳には、今宵もあそこに、ミューズの竪琴の聲が聞える……。
そこで私もフランシス・ジャムに學んで、ある夜ふけ、ひそかにかう自分に命じた。
おだまり!
この日頃またしても人々は、私の詩(うた)を否定する。彼らはそれを切りさいなむ。それらの勝手な組合せで、彼らは私を否定する。ああその批評で……、とそこまできて、私はそこで、私をさへぎる一つの壁にむきあつた。
しかしおだまり!
と私はやはり、それでもフランシス・ジャムに學んで、自分に命じた。
けれどもおだまり! 私には、私の耳には、今宵もあの、ミューズの竪琴の聲は、聞えないから……。
…………………
おだまり! おだまり! ながく辛抱して……。
三好達治「沈默」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)