「村酒雑詠」『駱駝の瘤にまたがつて』
日もくれぬ
日も暮れぬ
みたせただ餘はそらごとぞ
己が
月やがて松にかからん
盞は
盞はちひさけれども
ただたのむ夕べの友ぞ
おほかたはひとをたばかる
世にありてせんすべしらに
爐に臥して
爐に臥して憂ひをいだく
肱枕さむきをのべて
ありなしとしたむ盞
鳥よりもくしきこゑしぬ
月山の
月山の端をいでたれば
われもまた
人の子のおろかを笑へ
かなたにも友はすまぬを
いささかの
いささかの酒にまぎれて
あでどなく渡る橋かな
あかあかと灯はともれども
人けなき河尻の驛
帽をうつ
帽をうつ霰の音や
望の月やがてかげなし
潮ざゐはかのはるかにて
ただ明し波止の燈臺
死後の名は
死後の名はとにもあるべし
一盞の酒にもしかず
わが師かくのらしたまひぬ
われは師の言にしたがふ
三好達治「村酒雜詠」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)