「残紅 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』
殘紅
憂しといとひしすゑの世の
ちまたもけふはこひしけれ
日すがら海のこゑすなる
軒端にのこる花はまれ
くつわ蟲
黍の穗たかく月いでて
秋は越路のくつわむし
くつは蟲とてましぐらに
海になくこそあはれなれ
鉦たゝき
すずしき鉦をとをばかり
たたきてやみぬ鉦たたき
よべの歎きをまたせよと
あとはこゑなき夜のくたち
燈下
ふみをおほいてあればつと
こなたにわたる鳥のこゑ
つねなきものはおしなべて
夜をひとこゑのゆくへかな
三好達治「殘紅 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)