三好達治bot(全文)

twitterで運転中の三好達治bot補完用ブログです。bot及びブログについては「三好達治botについて」をご覧ください

「玫瑰の花」『百たびののち』

冬の夜の二時三時 こんな夜ふけ 會ひたくなつたよ
潮かほる 北の濱べの 砂山の かの玫瑰(はまなす)の花
二晩三晩 今晩もまた爐に近く
乙女らが來て匂ふやうだ
なにやら惱ましい思ひのやうだ
君らはあまり遠すぎる
まつ暗闇の月の出の 吹雪を思ふ 怒濤を思ふ
この思ひはやるせなく せつなく いぢらしく
さらでだにまつ暗闇の十萬億土のずつとの先
そこの砂丘のかげにさへ空しく眠る夢ばかり
空(くう)の空(くう) 非在(ひざい)の花
さてさやさやと今鳴りだしたばかりの茶鼎(さてい) 鼎(てい)をうつして沈默を命じ
おのれに耳かたむけ
かの花の在りかを思ふ
假幻(かげん) 非有 非在とや
――非非在
已にしておのれもそこに片肱ついたつもりでゐる

 

 

三好達治「玫瑰の花」『百たびののち』(S50.7刊)