三好達治bot(全文)

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「茶鼎角」『百たびののち』

くろがねなればたのもしく
そのこゑさやか
さやさやと夜もすがら鳴るを友とす
ことあげ多しわが友ら
善しを善し惡しを惡ししと
憂ひいふ世のさまなれど
ある時は束(つか)ね忘れて我は倚(よ)る
やつれ釜古志(こし)の蘆屋(あしや)に
うつら聽く遠き潮騷
――嶺の嵐か松風か
たづぬる人は近ごろ不在の氣やすさに
さながらや
霜夜(しもよ)のふけの手を膝に
ゆくら旅ゆく心なり
春夏すぎてその夢は
やがて枯野をかけめぐる
鼎(てい)や 茶鼎(さてい)
多謝す汝によりてなり
ひと年これに名を呼びて其角(きかく)と命じ
その肩にもたれかかりて居睡りし日をこそ思へ
戰さにやぶれ食に飢ゑ
海のほとりをさまよひし日の夜ふけに
うつけ者うつらもの思(も)ふわが癖(へき)はとみに長じぬ
壁にむかひて酒をくみ
ある時は口(く)ごもりいひつ
かのメリケンの輩(ともがら)に敗けでもの戰さなりしよ
聞く人あらば嗤(わら)ふべし
酒つきて淚はおちき
時ふればはた省みてうとましなべて
さるからにとある冬の日 數寄(すき)をいふ友の來たりて
やつれ釜やつれを檢(けみ)し
ねたしとや わが角(かく)を あやしやといふ
まがひものならばなるべし
さもなん
主(あるじ)は知らず
よしあしは卿らにまかす
覊旅十歲(きりよととせ)わが手撫づ古志の蘆屋の――

 

 

三好達治「茶鼎角」『百たびののち』(S50.7刊)