「灰󠄁が降る」『百たびののち』
灰󠄁が降る灰󠄁が降る
成󠄁層圈から灰󠄁が降る
灰󠄁が降る灰󠄁が降る
世界一列灰󠄁が降る
北極熊もペンギンも
椰子も菫も鶯も
知らぬが佛でゐるうちに
世界一列店(たな)だてだ
一つの胡桃(くるみ)をわけあつて
彼らが何をするだらう
死の總計の灰󠄁をまく
とんだ花󠄁咲󠄁爺さんだ
螢いつぴき飛ぶでなく
いつそさつぱりするだろか
學校󠄁といふ學校󠄁が
それから休みになるだらう
銀行の窓こじあける
ギャングもいなくなるだらう
それから六千五百年
地球はぐつすり寢るだらう
それから六萬五千年
それでも地球は寢てるだらう
小さな胡桃をとりあつて
彼らが何をしただらう
お月󠄁さまが
囁いた
昔々あの星に
悧巧な猿が住󠄁んでゐた
三好達治「灰󠄁が降る」『百たびののち』(S50.7刊)