「碧落城」『百たびののち』
碧落(へきらく)に城あり
層々風に鳴る
邱阜(きうふ)うやうやしく跪(ひざま)づき
長流はるかに廻(めぐ)る
百世舊(きう)のごとし
景を踐(ふ)んで人事勿忙の嘆(たん)あり
歲晩淡紅の花
また折からや草屋の墻根(かきね)に散りしくを見る
誰ひとか煙霞(えんか)に戲るもの
たとふればそは大象群れのいく群れか
煙だち聲もなく沙漠のはれをおし渡るに似たるに於て――
かなた枯木林(こぼくりん)の小徑(こみち)々々を煌めきつ步(あし)ばやに過ぎゆくもの
風の聲なるか
輪奐(りんくわん)日に輝きて睡らんとすを
ついに見る扁舟(へんしう)の棹さすもの
ゆくゆく城下にしじまり
淡として輕へなり波に從ひ上下し去る
三好達治「碧落城」『百たびののち』(S50.7刊)