三好達治bot(全文)

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「風の中に」『百たびののち』

その朝の出來事だつた
それは歌ひをはつたから
われらはじめて沈默をきいた
その朝小鳥は死んだから
むなしい窓の鳥籠に
われらはじめてそれをきいた
風が來てわれらをとらへた
われら耳をかたむけた
われら風の中に永遠をきいた

 

風の波紋はひろがつて
雛げしがそこに動いた
昨日うなじをたれてゐた蕾の一つは
さきがけてそのとき開いた
あたりに一つ燃えたつて
靑空に血を流して
われら窓をとび下りた
風が來てわれらをとらへた
われら風の中にわななくものをとり圍んだ

 

驅けだした われら一散に驅けだした
われら何をのがれたか
われら何に驅けつけたか
われら風の中に一本松をとりこにした
さみしい畷手の一本松 その鐵(くろがね)の幹をいだいた
それはわれらの腕に餘つた
高い梢の寄生木(やどりぎ)と 雲と 鵯どり
風が來てわれらをとらへた
風の中にわれら永遠をいだいた

 

 

三好達治「風の中に」『百たびののち』(S50.7刊)