「松のふぐり火」『百たびののち』
この朝(あした)拾ひあつめし松ふぐり
この夕べ飯(いひ)かしぐ焰となるよ
うつらうつら竈におこるこゑをきき
聽くとなく昨日の海を今日もきく
うつけびと袖も袂も赤々と
くらき厨にゐたりけり
ありとなく消えて飛ぶ
丘の上の一つ家に立つけむり
遠(をち)かたの
人やとむべき
さるをまたけたたまし廂うつ玉霰
――と見ればはやおつる月かげ
さだめなき北國日和
憲章もそんなものよと…… それはまだ
善民のぬくとくも知らでゐたつけ
その日頃かの宵ごとに赤々と燃えしふぐり火
ちろちろと燃え衰へて燠(おき)となり尉(じよう)となりゆくはやかりし
ゆかしとや その灰のさめてゆくはやかりし今は昔
三好達治「松のふぐり火」『百たびののち』(S50.7刊)