三好達治bot(全文)

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「喪服の蝶」『駱駝の瘤にまたがつて』

ただ一つ喪服の蝶が
松の林をかけぬけて
ひらりと海へ出ていつた
風の傾斜にさからつて
つまづきながら よろけながら
我らが酒に醉ふやうに
まつ赤な雲に醉つ拂つて
おほかたきつとさうだらう
ずんずん沖へ出ていつた
出ていつた 遠く 遠く
また高く 喪服の袖が
見えずなる

 

いづれは消える夢だから
夏のをはりは秋だから
まつ赤な雲は色あせて
さみしい海の上だつた
かくて彼女はかへるまい
岬の鼻をうしろ手に
何を目あてといふのだらう
ずんずん沖へ出ていつた
出ていつた
遠く遠く
また高く
おほかたきつとさうだろう
(我らもそれに學びたい)
この風景の外へまで
喪服をすてにいつたのだ

 

 

三好達治「喪服の蝶」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)