「王孫不帰」『駱駝の瘤にまたがつて』
王孫遊兮不歸 春草綠兮萋萋 ――楚辭
かげろふもゆる砂の上に
草履がぬいであつたとさ
海は日ごとに靑けれど
家出息子の影もなし
國は亡びて山河の存する如く
父母は
住の江の 住の江の
太郞
鷗は愁い
鳶は啼き
若菜は萌ゆれ春ごとに
うら若草は野に萌ゆれ
王孫は
つひに歸らず
山に入り木を
家に居て機織る
こともなく明けて暮る
古への住の江の
想え
後の人
耳をかせ
きりはたり きりはたり
きりはたり はたり てう
三好達治「王孫不歸」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)