三好達治bot(全文)

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「晩夏」『駱駝の瘤にまたがつて』

ダーリアの垣根ではダーリアを見た
まつ赤に燃えるダーリアの花
また日まはりの垣根では日まはりを見た
重たく眩ゆくきな臭い 中華民國の勳章だ
熱くやきつく砂の上で あそこでおれはいつまでも
遠くむかうの三里濱の方を眺めてゐた
あとからあとからあとから
沖のうねりがうねつてきて高くうちあげる三里濱
のつぺらぼうの砂濱にひよろひよろ松がけむつてゐる
ひよろひよろ松の梢を越えて
遠くずつとむかうの方に霞んで見えるつまらぬ山山
そんなさみしい岬の風景
また沖の島――
沖の沖の ぼんやり視界を消えてゆく影繪のやうな沖の島かげ
おれはまた女の子らがするやうに綺麗な石や貝殼を拾ひあつめて眺めてゐた
(をかしければ嗤ひたまへ)
おれの醜い手の上に美しいものを眺めてゐた
天には鴉がばらまかれ
そろそろ西がもえだしてまつ赤にそれがもえたつたから
そこらの砂にひきあげた小舟のへりに腰をかけて
おれはまたつくねんとしていつまでも
神の宮居が燒け落ちて――火消しもポンプもちりぢりにどこかへ歸つてしまふまで
(ローマも燒けた 長安も またベルリンも 東京も)
空の奧を眺めてゐた
沖のうねりにひるがへる
舟のともにもきらきらと貧しげなの見えるまで

 

  一羽とぶ鳥は
  友おふ鳥ぞ
  荒磯ありそ

 

  一羽とぶ鳥は
  頸長し鳥
  臀重し鳥

 

  一羽とぶ鳥は
  日ぐれてとぶぞ
  荒磯

 

荒磯になびく煙のやうな海藻のうねりと
水を出てくる蜑女あまの群れ
網のもつれる網干し場
おれはそこらをうろついてつまらぬ蟲の走るのも
橫つ倒れに轉んでゐる老朽船の船底も
一つ一つ見てまはつた
おひおひあたりは薄暗く
疲れて飢ゑた感情からそこらのものを見てまはつた
かくして夏はすぎてゆく
そんな季節の後ろ姿をけれどもおれは見送つてゐたわけではない
ああさうではなかつた
岩のつき出た斷崖きりぎしのとつさきの小徑にたつて
うちかへす波の轟くこゑのうへで すでにすでにおれの喪つたもののいつさいを
遠い彼方の方角におれは知つてゐたのだから――

 

 

三好達治「晩夏」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)