「願はくば」『花筐』
願はくばわがおくつきに
植ゑたまへ梨の木幾株(いくしゆ)
春はその白き花さき
秋はその甘き實みのる
下かげに眠れる人の
あはれなる命はとふな
いつよりかわれがひと世の
風流はこの木にまなぶ
それさへや人につぐべき
ことわりのなきをあざみぞ
いかばかりふかきこころを
つくすともなにかたのまん
うたかたのうたはうかべる
雲なればやがてあとなし
しかはあれ時世(ときよ)をへつつ
墓の木の影をつくらば
人やがて馬をもつなぎ
旅人らここにいこはん
後の世をおもひなぐさむ
なかなかにこころはやすし
願はくばわがおくつきに
植ゑたまへ梨の木幾株
三好達治「願はくば」『花筐』(S19.6刊)