三好達治bot(全文)

twitterで運転中の三好達治bot補完用ブログです。bot及びブログについては「三好達治botについて」をご覧ください

「南の海」『艸千里』

南の海のはなれ小島に
色淡き梅花はや兩三枝開きそめたり

 

まだ萠えぬ黃なる芝生に 古き椅子あり
われひとり腰をおろさん……

 

遠くふくらみたる海原と
空高く登りつめたる太陽と

 

土赭きひとすぢ路と
彼方の村と

 

われはこのかた岡に いま晝は
色こまやかに描かれたる風景を見る

 

渚にいでて
網を繕ふ人かげあり

 

壁白き小學校の後庭に
まり投ぐる童兒あり

 

波は
磯に碎く

 

われは聽く
われは耳かたむく

 

されどわが聽くはかの波の響きにあらず
枯草の葉ずゑを過ぐる風の歌にもあらず

 

そは一つの聲 われを伴ひてここに來りし
一つの聲なり やさしく肩により添ひて

 

わが見るものを指せる その聲はかく呟く
――時は來たり 時は去る 沖渡る汽船ふねは遠音に

 

呼ばふとも はやわがためには
新らしき風景も老いたるかな……

 

三好達治「南の海」『艸千里』(S14.7刊)