「十一月の視野に於て」『測量船』
倫理の矢に
小禽は叫ぶ。否、否、否。私は、私から墮ちる血を私の血とは認めない。否!
しかし、倫理の矢に命つて殞ちる倫理の小禽よ!
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雲は私に吿げる。――見よ! 見よ! 如何に私が常に變貌するところのもの、飛び去るところのものであるか。私は自らを否定する。實に私の宿命から、かく私は私の生命を旅行し、私自らの形象から絕えず私を追放する。否!……、否!……
それに私は答へる。――君は、追求することによつて建築し、建築することによつて移動する。ああ智慧と自由の、羨望に價する者よ! ただ、しかしながらその宿命を以て吿げるところの、君や、常に敗北の影ある旅行者よ!
三好達治「十一月の視野に於て」『測量船』(S5.12刊)