三好達治bot(全文)

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「二重の眺望」『駱駝の瘤にまたがつて』

ああこの夏のまつ晝まのあまりに明るい炎天の遠い方角
えたいの知れない遠くの方から聞えてくるもの音と靜けさと
さみしく流れる煙のやうな一つのこゑをきいてゐるのは私の影
そこらあたりの燃えたつやうな岱赭の丘を眺めてゐるのは 私とさうして私の影
ああこの二重にさみしい眺望
けれども何だかふしぎに心のうきたつやうなこれは都會の路ばただ
朝からそいつをかついできた私の肩に太陽は重たくまた輕い
どこにも私の見知りごしの建物はなく私のけふの棲家もない
過去と未來のこんがらがつたこれはたしかにもう一つの東京
でこでことした岱赭の丘の塊りだ
そいつが海に浮んで そいつが空に浮んでゐる そいつを蟋蟀きりぎりすが支へてゐる
ものの遠音をとりまぜた 靜かな靜かなまつ晝まだ

 

 

三好達治「二重の眺望」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)