三好達治bot(全文)

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「故き胡弓」『測量船拾遺』

秋なり
ふるき胡弓を彈かましか

 

秋なり 秋なり
いとちひさなる草の實も 日ねもす秋を飛びゆくかな

 

今し季節の船出する
湊の鐘を聽けよかし

 

空に銅羅は叩かれて
落ち葉は谿をわたりくる

 

秋なり 秋なり
ふるき胡弓を搔い鳴らせ

 

何の情緒かとどまらん
あわただしくも流れくる 落ち葉の舞のひとつら

 

峡の小村をむらをよこしまに
越えまくほりし あはれまた索落とこそは散りうせたれ

 

ものの風情をかつはけち かつはゑがきつ うつろふ雲
雲もはだらに飛び散らふ 秋なり 秋なり

 

逆さおとしに鵲の
戞と啼き 來よとは呼んで谿間に落つ

 

狩の血しほは小徑にあり――
何の憂ひか手にあらん 手もて歌をば奏でつつ

 

黃葉離落の小禽らを踏みもて行けば
巖が根にそそと聲あり

 

聲ありて橡の葉は散る
うち濕めりたるそば づたひ

 

くき をめぐれど はや秋の 軍兵どもの影だに見えず
蟲の翅音のまれまれに 幕舎のあとのみ狼藉たり

 

ふりさけ見れば空遠し
空のみどり に手を染めん

 

彈かまし歌のありやなし
今は轉步に耐ふべしや

 

秋なり 秋なり なほ秋風のいくめぐり
地にあるものを舞はしむる

 

ここのなぞへの日溜りに
命とこそはうちまもる歌の器のいと 古りにたり

 

三好達治「故き胡弓」『測量船拾遺』(『全集1』所収)