「落葉やんで」『測量船』
雌鷄が土を搔く、土を搔いては一步すさつて、ちよつと小頸を傾ける。時雨模樣に曇つた空へ、雄鷄が叫びをあげる。下女は庭の落葉を掃き集めて、白いエプロンの、よく働く下女だ、それに火を放つ。私の部屋は、廊下の前に藤棚があつて、晝も薄暗い。ときどきその落葉が座蒲の下に入つてゐた。一日、その藤棚がすつかり黃葉を撒いてしまつて、濶然と空を透かしてゐた。
飴賣りや風吹く秋の女竹
やまふ人の今日鋏する柘榴かな
病を養つて伊豆に客なる梶井基次郞君より返書あり、柘榴の句は鋏するのところ、剪定の意なりや収穫の意なりや、辯じ難しとお咎めを蒙つた。重ねて、
一つのみ時雨に赤き柘榴かな
そして私も、自らの微恙の篤からんことを怖れて、あわただしく故鄕へ歸つた。そこにも同じ果實が熟してゐた。
海の藍柘榴日に日に割るるのみ
冬淺き軍鷄のけづめのよごれかな
二三度母のおこ言を聞いて、そして全く冬になつた。或は家居し、或は海邊をさ迷ひながら。
冬といふ壁にしづもる棕櫚の影
冬といふ日向に鷄の坐りけり
落葉やんで鷄の眼に海うつるらし
三好達治「落葉やんで」『測量船』(S5.12刊)