三好達治bot(全文)

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「宵宮」『砂の砦』

星が出た
枯木の山のいただきに
星が一つ
今日はもうそこで終つた
今日はもう
小鳥のうたふ歌も終つた
明日の新らしい太陽の外
もう一度
誰が彼らをうたはせよう
彼らは谷間の藪にかへつた
彼らはその塒にかへつた
栗鼠や兎やももんがや
夜出て働くものの外
われらの仲間はものかげの憩ひにかへり
われらはみんな屋根の下にかへる時刻だ
心に仕合せあるものは樂しく今日のひと日をかへりみ
心に憂ひのあるものはしづかにつらい心をいたはる
今はその時刻だ
黃ろく瞬くランプの火影で
わけてまたわれら年老いたものたちは
心もふかく
おのれの影に對する時だ
月の出をまちながら
星たちばかりの靑い夜が枯木の山の空にひろがる
はやいたづらものの星がとぶ
風はすつかりしづまつた
聲あるものははるかな谷川
炭をやく烟が竈の上にまつすぐにたちのぼる
白い煙のすゑはまたやがて遠く棚びいて
木立をめぐり斜面をはふ
――冬は終つた
春はもうすぐそこに來てゐる
この靜かな山
この靜かな山山のとりかこむ夜
犇めきあつた山山の肩の上に支へられた
このたしかな世界
この一劃の深い沈默と不思議な緊張
ながく地面の底に眠りこんだ命の
もう明日は眼ざめるその豫感
ああその神祕な生命の宵宮に
「夜もふけました
お休みなさいお母さん」
旅人の私はさう呟いて
黃ばんだランプの火穗を消す
さうして私の貧しい心も
よろめきながらわななきながら
やがては戸外の星の世界と一つになる

 

 

三好達治「宵宮」『砂の砦』(S21.7刊)