三好達治bot(全文)

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「海邊暮唱」『故鄕の花』

彼方に大いなる船見ゆ
敵國の船見ゆ
いえいえあれは雲です
彼方に靑き島見ゆ
島二つ見ゆ
いえいえあれは雲です

 

ひと日暮れんとして
悲しみ疲れたるわれらが心の上に
いま大いなる蓋(きぬがさ) 夕燒の空は赤く燃えてかかりたり
深き憂愁と激しき勞役との一日(いちじつ)の終りに
なべてはしばし美しき夢もて飾られぬ
浪のこゑしづかに語り
艪の音きしみ
鴉は默々とひと方に飛ぶ
秋は既に深けれど山々はなほ綠だらかに
寂然(じやくねん)としてはてしなき想ひに耽れり
萬象はかく新しき明日をむかへんとして
なつかしき空想とゆかしき沈默とはあまねく世界を領したり
ああ戰ひやみぬ
いくさ人おほく歸らず
戰ひやぶれし國のはて
古鐘またほろび
かかる時鳴りもいづべき梵音の
すゑながき淸淨音(しやうじやうおん)をききもあへず
雲ははやおとろへ散じ縹(はなだ)の色もあせんとす

 

彼方に靑き島見ゆ
島二つ見ゆ
いえいえあれは雲です
彼方に大いなる船見ゆ
敵國の船見ゆ
いえいえあれは雲です

 

 

三好達治「海邊暮唱」『故鄕の花』(S21.4刊)