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「島崎藤村先生の新墓に詣づ」『故郷の花』

しづかなる秋の朝なり
鵯どりら空によびかひ
林より林にわたる
しづかなる秋の朝なり
百舌はまたさらに高音を
張りて啼け
世はひそかなり
こよろぎの濱のおほ波
ゆるやかにくづるるさへや
ここにして聽けばかそけし
この庭にいま陽ざしおつ
斑々(はんはん)とかくはさやかに
こまやかにあるはゆらぎつ
あたらしき世のうたの父
ねむります梅の木のもと
おくつきはこのおん父の
みこころのままにすがしく
つゆじもに濡れてかをれる
しら菊の花のいく輪
ほの靑き香のけむりの
たちまよひなびくのみなる
丘のべの精舍の庭に
しかすがにものみな眼ざめ
朝風はかよひそめたり
空靑し
海もまたかなたに靑し
ものの音なべてはるかに
ここにして境はきよし
なにはなき景(けい)はさながら
似たらずやこのうたびとの
七十路(ななそじ)の耳にはみみしひ
沈默し指をむすびて
ものおもひたまふ姿に
しづかなる秋の朝なり
「よろづ世の名もなにかせん
寂寞(せきばく)たり身後の事」と
いふといへよろしからずや
我はただここにぬかづき
我はただここにもとほる
人の世のなべてさながら
よしとしてあげつらふなき
時をひと時――

 

 

三好達治島崎藤村先生の新墓に詣づ」『故鄕の花』(S21.4刊)