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「某造船所に於て」『寒柝』

歷史は一の運行にして
船舶これを載せ、船舶これを運ぶ。
今日鐵塊を擊ち、鐵板を截つて船舶を建造する者、
卽ち兄らは兄らの雙手をもて國民の意志を押し切り、
祖國の正義をはるかに萬里の外に布く者、
まことに手づから今日の歷史を設計し運營し推進する者。
兄らここに終日鐵槌の聲耳を聾する間にあり、
鋼鐡焦(や)け薰じ、爐火赤くたあだれ、煤煙暗く渦まく間にあり、
起重機軋り、截斷機吼び、重壓機喘ぎ息づき、
地軸もためにをののきやまざる間にあり。
げに兄らここに國民の智慧と意志と奮激との
總意のそそぎあつまれる頂點にあり。
或は半天の吹雪に曝らされ、
或は船底の酷暑に耐へ、
不虞(ふぐ)を冒し、
險を踐み、
挺身し、
緊張し、
集注し、
或は龜手(きしゆ)し寒慄(かんりつ)し、
或は流汗淋漓として
意力を勵まし、
筋力を竭し、
緻密と敏捷と、
手練と巧妙と、
堅忍と持續と、
没我と協同と、
工人の一切の熟練手腕技能着想をとりあつめて、
しかしてさらに快活に、
ふすぶり黑みたる眉目をもて哄笑し談笑しつつ、
曲率美しきかの船腹を、
巍々たる巨船を日に月に蒼天の下に建築する者、
今日鐵塊を擊つて船舶を建造する者、
卽ち兄らは撰ばれて、
手づから今日の歷史を創造する者、
祖國の正義と文化とを遠く萬里の外に布かんとする者。

 

思へ、
大東亞聖理想圈の空
うらうらと今われらの頭上に明けはなれゆく黎明を、
かの長夜の惡夢既に跡なく、
昧爽の百の理想油然としてここに棚びき動かんとするを。
げに既にして、天に不倫の旗なく、地に漂海の末賊なし。
しかして思へ、
かつて彼らを運び載せて、
西より東より波濤を凌ぎ來りし侵略渡海の具、
やがてその來りしところにむかひて彼らを逐ひやらひ放ちたる、
こたびはわれらが艨艟浮城なりしことを。
しかして更に思へ、
彼らが百千の怨恨と、千萬の執着とをもて、
再び東亞の天地に來り臨まんとたくらめるもの、
しかしてわれらが聖共榮理想圈廣袤萬里の繁榮と、
十億蒼生の榮光とを明日の決戰に賭けんとするもの。
げにかけがへなき明日の歷史を載せ、明日の歷史を運びゆくもの、
一に二に船舶、
三に四に船舶なるを。
よきかな言や――
かのリベッチングハムマーを兄らは呼びてテッポウといふ。
げにそは銃後の速射砲、
その聲晝夜に轟き鳴りて、
萬里の外に不斷に敵を掃射する兄らが智慧と熟練と、
堅忍と持續と、
没我と協同と、
聞け、
二つなき工人の武勳を讃へて休まざるを。

 

 

三好達治「某造船所に於て」『寒柝』(S18.12刊)