「寒駅の昼」『寒柝』
あなあたらますら武夫(たけを)が
うつし身はゑびすが彈丸(たま)に
はじけとびたまひけらしな
けふ春の野べをとどろと
走りこしひとつらの汽車
靖國のみたまをのせて
雲雀啼く寒驛の晝
しづかなる構舎に入りぬ
昨(さく)の夜は警報布(し)きて
村人らかたみにたすけ
ゆるびなき備へにつきし
夜をひと夜あくるをまたで
おほけなきまけのまにまに
いでたたす子らをおくると
しののめの車の窓に
萬歲を叫びしこゑの
なほ耳にのこるうまやに
このたびはみたまをむかふ
げに兵馬倥傯の日や
敵機ばら北に南に
さばへなし隙(げき)をうかがふ
神州の空はかすみて
かぎろひの春のけしきと
なりにたれいましめとくな
からき眼を百度(ひゃくたび)みるも
こりずまに來らん敵ぞ
かりそめにこころゆるして
千載(せんざい)の悔いなのこしそ――
かくのらしたまふらんかし
靖國のみたまはかしこ
神なれば言(こと)はなけれど
三好達治「寒驛の晝」『寒柝』(S18.12刊)